努力しても届かない世界は果たしてどこにあるか〜さくらえみvs中島翔子

さくらえみは恐ろしいひとだ。いや、わかってはいたけれど、改めてその恐ろしさに畏怖した、東京女子プロレス9.22幕張メッセ大会の第6試合、さくらえみvs中島翔子の一戦だった。

努力のひと中島翔子と、開拓者のさくらえみ。事前にこの試合とお互いについて尋ねたところ、さくらさんは中島選手についてこう評した。

「中島さんについて、誰よりも努力家だということはわかっています。私はどちらかというと隙間をみつけて要領でやってきた部分があるので、努力しても届かない世界があるということ、そしてたどり着いてしまった先から何をやればよいのかを見せつけたいです」

うわ、こわ!と思った。努力しても届かない世界、こんなに恐ろしいことがあるだろうか。

中島翔子選手は誰もが認める努力家だ。私も何度も書いてきたし、解説でも繰り返しお伝えしてきたけれど、誰よりも道場にいて練習し、技術を磨き、プロレスについて考えてきた。そのルーティンを壊すことに不安がある、とも話していた。自分で自信が持てるまで、安心できるまで準備をするのが、中島翔子というひとだ。

一方、さくらさんの行動にはこれまで何度も驚かされている。子供向け体操教室からキッズレスラーをデビューさせた時も、自分で作ったアイスリボンを離れた時にも、タイにプロレス団体を作った時も、本拠地をアメリカに移した時も毎回驚いたけれど、さくらさんがどれくらい計画的に準備していたことなのかはわからない。ついこないだも我闘雲舞の団体名を(配信団体名の)チョコプロに統一します、と突然発表したけれど、スタッフや選手が狼狽する様子を見るにつけ、その瞬時の閃きによるところが多いのかなという気もする。

ゴングが鳴って、いや鳴る前からリング上を支配していたさくら選手。中島選手の動きを、そしてみんなの視線を釘付けにする。グラウンドで一瞬中島選手の顔をかきむしって油断させる。動きの速さで自分の流れを掴みたい中島選手なのに、さくらさんがクイーンのリズムで取り戻してしまう。重く鋭いチョップが中島選手の胸を切り裂く。

中島選手の動きの速さは言うまでもないけれど、さくらさんの瞬発力がまた凄いのだ。基本的にはゆったりと、でも確実に空間を支配するさくら選手だけど、ロメロスペシャルに行く時、ケブラドーラに行く時、そしてラマヒストラルに入る瞬間の驚異的な速さと勢い。見ている側もあぶない!と叫んでしまう決定力とタイミング。

中島選手のダイビングセントーンを阻止してのクイーンズギャンビットで、2024年9月22日、さくらえみは中島翔子から完璧な3カウントを奪った。実況の村田さんや私はもちろん、さくらさんの試合をおそらく始めて見ただろうゲスト解説の谷真理佳さん、中西智代梨さんも言葉を失うほど、圧巻の勝利だった。

実況席も会場もしばらくはその余韻にざわざわしていたけれど、本当におそろしいのは更にバックステージだったことを私は大会終了後に知った。

悔し涙をこらえてコメントする中島選手のもとに乱入して、さくらえみ選手は高笑いしながらこう言ったのだ。

勝つ気だったって? あんた笑わせるんじゃないわよ。泣いちゃってるんじゃないの。中島は負けて悔しい感情を出してるつもりだけど、本当は負けて嬉しいのよ。負けてまた次の課題が見つかって、私が頑張れる目標が見つかって、本当は嬉しいのよ。中島が努力したら必ず報われるっていう言葉をプロレス人生賭けて証明してくれるんじゃないかなって思います」

 

自分に負けて悔し涙を流す、18年も後輩の選手に試合直後にかける言葉がこれである。

でもこれは、中島翔子というひとをものすごく的確に、痛いところも含めて、突き刺す言葉なのかもしれないと思った。努力する目標があるから中島翔子選手は強くなった。キャリア10年を越えて、自分に負けたことでまた新たな課題が見つかって、やるべきことがあってあなたは嬉しいでしょう、あなたはきっとそういう人でしょう、とさくらえみは中島選手に言ったのだ。そして本当にたぶん、中島翔子というのはそういう人だ。

リングを降りても中島翔子とさくらえみの戦いは続く。中島翔子は努力が報われることをプロレスを続けることできっと証明してくれるだろうし、さくらえみは誰も見なかった道を切り拓き続けるだろう。東京女子の一期生として、誰も先輩がいない中でプロレスラーとして団体を牽引してきたひとりである中島翔子選手に、10年を越えたところでこういうとんでもない先輩が立ち塞がっていることを、とても楽しく、たのもしく思っている。

「林下詩美はこんなもんじゃないよな」とMIRAI選手は言った


女子プロレス団体マリーゴールドでは現在、2ブロック制のシングルのリーグ戦が行われている。旗揚げから3ヶ月、両国国技館大会、ジュリア選手の退団と渡米と短い間に大きなニュースが続いた。そしてこれからが、プロレス団体マリーゴールドの日常になる。

桜井麻衣選手の立ち振る舞いがものすごく自信に溢れていた。もともと貴婦人様なので余裕たっぷりではあったのだけど、敬愛するジュリア選手から離れて、更に覚悟と決意が深まったのかもしれない。かつてDDMで共に戦い、現在はスターダムの最前線で戦い続ける舞華選手も「ジュリアはすごく自分に自信を与えてくれた。舞華はいいものもってるんだから自信持てよって言い続けてくれた」と話してくれたけれど、ジュリア選手はそういう、傍らにいる人を勇気づけてくれる人なんだと思う。桜井選手もどれほどジュリア選手から鼓舞されて、プロレスラーとして生きる覚悟を決めたのかと思う。

"女子プロレス界の人間国宝"と呼ばれ続けて久しい高橋奈七永選手と、ポジラ選手の公式戦が凄かった。マリーゴールド旗揚げ戦に来日した謎の外国人選手、ポジラ選手は大変なインパクトで、若くて大きくてすさまじいパワーの持ち主でありながら、スペースローリングエルボーまでやってしまう。この日もショルダータックル一発で奈七永選手を吹っ飛ばし、場外で椅子をセッティングしてから殴り合うなど奈七永選手を散々翻弄したけれど、最後は奈七永さんが執念の丸め込みで勝利した。奈七永選手は両手を挙げてめちゃくちゃ喜んだ。

私はこういう奈七永さんが大好きだ。人間国宝と呼ばれキャリアも28年を数えるけれど、今でもどんな試合にも全力で挑み、先輩だろうが後輩だろうが初めての外国人選手だろうがビッグマッチだろうが小さな会場だろうが、同じように勝てば喜び、負けたらめちゃくちゃ悔しがる。そんな奈七永選手のパッションに触れたいと思うレスラーは今でも引きも切らない。記者席の正面あたりの客席で奈七永さんと同じくらい両手を挙げて盛大に喜んでいるお客さんがいるな、と思ったら、中西百重さんだった。後でばったりお会いしたら「いやあもう本当に嬉しくて盛り上がっちゃいました」と笑顔だった。ナナモモの絆は熱い。

メインは林下詩美vsMIRAIの公式戦。詩美選手は誰が見てもこの新団体のエース候補のはずだ。スターダムを辞める覚悟をした理由を尋ねたら、「自分のためにプロレスをしたくなった」と話していた。ユニットのリーダーとして、後輩の面倒を見て、ユニットとしての存在感を高めて、ということにここ数年集中していたけれど、そろそろまた自分のためだけにプロレスをしたい。それが、新団体を選んだ理由だった。なのに、旗揚げから3ヶ月、ジュリア選手の退団などの大きなニュースがあったとはいえ、詩美選手は実績でも、話題性でも、最前線にいるとはなかなか言いがたい。どうしてなんだろう詩美選手、と思っていた。

メインイベンターとして登場した詩美選手のオーラには少しの陰りもなく、試合内容にも見応えがある。MIRAI選手の魂込められたファイトもいつも以上に魅力的。実はスターダム時代には1度しか対戦経験がなかった、というこの顔合わせだが、今日はMIRAI選手がその渾身のラリアットで詩美選手をねじ伏せて、こう言った。

「やっと林下詩美に勝てたよ。でもここにいる林下詩美はMIRAIが越えたかった100%の林下詩美じゃないよな? 林下詩美はこんなもんじゃないよな?」

試合後のバックステージで詩美選手は「ここしばらく不安を感じていたのは本当のこと」と打ち明けた。限界を自分で決めたことも進化を止めたつもりもないけれど、心に不安を抱えていたのは事実で、それをMIRAI選手に指摘されたのはすごく刺さったんだと。

詩美選手が不安だった、と打ち明けることが出来て良かったんだと思いたい。そしてそれをMIRAI選手が打ち明けされてくれたことも良かったんだと。ずっとこのまま無理していたら、なんのために新天地にきたのかもわからなくなってしまうから、そうでなくて良かったんだなと思いたい。

伸びしろがある選手がたくさんいて、ものすごく強い王者のSareee選手が所属選手を刺激し続け、この先に120%の林下詩美選手が帰ってくる。麦わら帽子の季節が過ぎたら実りの秋がやってくる。

血、汗、涙。FREEDOMS15周年

バキューン!

 

血と汗と涙と愛に溢れたFREEDOMS15周年記念横浜武道館大会だった。メインイベントが終わったリング上にはあり得ない数の大量のフォークとハサミと画鋲とノコギリが散らばっていて、そんな中でみんなが笑っていた。

FREEDOMSはいつも家族のようだなと思う。率いる佐々木貴選手の圧倒的お父さん感。リーダーシップがあって、責任感があって、愛情ある厳しさがあって、熱血漢だ。そもそも前の団体のトラブルから新団体を立ち上げることになり貴選手が代表を務めることになったのだが、デスマッチでプロレス界でも一目置かれる存在になっていた貴選手なら、自分だけならいくらでもフリーの選手としてやっていけたはずだ。それでも団体という形にしたのは「やっぱりみんなが集まる場、ケガをしても帰ってこられる場所を作りたかったから」と話していた。それ以来15年、コロナ禍もきちんとみんなが生活できるような環境を整え、ケガをした選手には欠場期間に新たなやりがいを見つけられるように導き、地方の選手にも活躍の場を広げてここまで団体を大きく、魅力あるリングに率いてきた。

世界中から憧れられる葛西純という特別なデスマッチファイターがいて、彼をもっと世に出したいと「狂猿」という映画の制作に尽力した。所属ではないけれど団体旗揚げからずっと参戦して、デスマッチにその身を捧げる竹田誠志選手が突然大きな不幸に見舞われた時にも全力でサポートした。思い悩む若手には厳しい言葉をかけつつも時間を与えて見守った。佐々木貴お父さんが率いるFREEDOMSは、いつの間にか大家族になっていた。選手だけではない。デスマッチ、ハードコアの試合形式なら絶大な信頼を勝ち得ているセコンド業務から、レフェリー、リングアナウンサーまで、みんなFREEDOMSという家族の大切なメンバーだ。

藤田ミノル選手が銅鑼を鳴らしたり巡査&胸毛ニキが北斗の拳の主題歌を熱唱したり地元出身のバラモンご兄弟がまさかの横浜武道館初進出だったりした。2年連続、ここ横浜武道館の試合でケガをして悔しい思いを重ねてきた平田智也選手が1年以上に及ぶ欠場の末ようやく復帰。まだ本来の70%くらいの動きです、とご本人は言っていたけれど、何よりも自分の足でリングを降りられて、この場に対するトラウマを払拭できたのが一番良かった。

KFCタッグは一関出身の佐々木貴&YAMATO組がビオレント・ジャック&吹本賢児組からベルト奪取。まさかのハードコアで流血に追い込まれた、DRAGONGATEの"全知全能"YAMATO選手の防衛ロードも楽しみだけれど、この試合が決まった時のジャックのダムズ愛に溢れるコメントも忘れられない。この15年のダムズの歴史の中で、大きな出来事のひとつがビオレント・ジャックの招聘だった、と貴選手も話していた。日本を愛しデスマッチを愛し、そしてFREEDOMSを愛してくれるジャック選手、本当に日本に来てくれて、そしてずっと日本にいてくれてありがとう。

セミファイナルの葛西純&正岡大介組vsアブドーラ・小林&若松大樹組のデスマッチは、とてもロマンチックだった。葛西選手のデスマッチは情緒に溢れている。世界一のデスマッチファイターになっても今もなお刺激を求め、新たな血を流している。今日の試合のラストに若松選手に一輪の真っ赤なバラを送ったシーンは、とても素敵な愛の告白だった。

 

15周年記念大会を締めくくるのは、竹田誠志vs杉浦透のKFCワールド王座戦だ。杉浦透選手のことをずっと、ダムズの末っ子みたいな存在だと私は思っていた。愛されるキャラクター、先輩から突っ込まれやすい人柄。プロレスラーとしてのスキルは充分に持ち合わせているのに、上手く行かなくて先輩に厳しい言葉をかけられることもこれまで何度もあった。でも、一度はあきらめたデスマッチにもう一度挑戦し、その右肘で苦手意識や恐怖心をぶち破ってからは本当にたのもしい存在に。横浜武道館を前に開催された記念パーティでも、最後にその会をきっちりと締める責任感あるスピーチをしていて、ああ、いつの間にか杉浦選手はこんな頼りがいのある存在になっていたんだなと感心したのだ。

タイトルマッチはダムズの、そして竹田選手、杉浦選手の15年分の思い、技、アイテムに溢れた試合になった。そもそもこの二人はお互いに身体能力が高くて何でもできてしまう。私はダンサーの三浦大知さんが菅原小春さんの素晴らしさを称した「よく利く身体を持っていて、そこに自分の感情を余すところなく落とし込むことが出来る」という言葉が大好きなのだが、竹田選手や杉浦選手にも同じことが言えると思う。プロレスとデスマッチに深い愛情があって、それを表現することが出来るアイデアがあって、しかも実現できるよく利く身体がある。

椅子、空き缶、竹串、フォーク、ハサミ、ノコギリ、有刺鉄線。トペ・コンヒーロ、ジャーマン・スープレックス、リバースUクラッシュ、スウィフトドライバー。たくさんのアイテムが、技が、思いが交錯した。激しくて眩しくて、でも悲壮感とは遠い、わくわくするような試合だった。お互いが生きるためのデスマッチ、それぞれの愛する娘のもとに生きて帰るためのデスマッチで、今日勝ったのは杉浦透選手だった。

 

「去年のクリスマスにベルトを獲って、それがずっと娘との希望みたいな存在になった。今回の防衛戦で一度も大ケガをしなかったのは、天国から嫁が守ってくれていたんだと思う」とベルトを失った竹田選手は涙をこらえて語った。ここにいない誰かのためにも、ここにいない誰かに守られて、生きるために、娘を育てるためにデスマッチを戦うのが竹田誠志選手というひとだ。今夜もお父さんは胸を張って、にこちゃんの元に帰るだろう。

新王者となった杉浦透選手は、大会を自分の言葉で、自分で締める権利が誰に遠慮することなくあるのに、対戦相手の竹田選手への感謝、団体と佐々木貴選手への感謝の言葉に溢れていた。この優しさこそが杉浦選手の魅力だ。心優しく、愛される末っ子は、お父さんへの感謝も忘れない立派な王者になった。そんな杉浦選手の言葉に貴選手も言葉を詰まらせていた。みんな笑顔だった。

杉浦選手の言葉であまりにいい雰囲気になってしまったので貴選手が「今日でFREEDOMSが終わるわけじゃないし俺も引退するわけじゃないんで!」と言っていた。そう、団体も選手もまだまだ明日がある。しかも今日はみんなが自分の足でリングを降りて、日常に帰ることができたはずだ。最高の非日常の次の日は、プロレスラーにもファンにも日常がやってくる。またやってくるはずの最高の非日常のために、私たちは頑張れるのだ。

清宮選手と大岩選手の約束。


2023年9月から1年間、国内武者修行としてプロレスリングNOAHのリングに上がっていた大岩陵平選手が、9月14日後楽園大会でNOAHラストマッチを行った。対戦相手は大岩選手をNOAHに導いてくれた、NOAHのスーパーノヴァにして現GHCヘビー級王者、清宮海斗選手だ。この1年のほとんどを共に戦い、最後の3ヶ月は対峙した。

これまで2回シングルマッチを戦って清宮選手の1勝1分け。しばらくはこの対決も見納めだ。試合はのっけから鋭いエルボー合戦、激しい場外戦。一片の躊躇も容赦もない清宮選手が、フェンスが壊れるんじゃないかと思う勢いで大岩選手を投げつけ、場外を引きずり回す。そしてそれにしっかり立ち向かっていく大岩選手。成長は決して大岩選手だけのものではなく、この1年、大岩選手と一緒にいる清宮選手を見るたびに、どんどん存在感が増していくのを感じていた。小川良成選手や武藤敬司選手、誰かに導かれていた側の清宮選手が、今度は導く側にいるのだ。凱旋帰国直後から箱船の超新星として期待され、いきなり先輩たちと戦いの最前線で揉まれてきた清宮選手。厳しい戦い、厳しい言葉の中で成長し続けた清宮選手に、新たな栄養を与えたのが導く側の存在、しかも他団体で一緒にいられる時間が限られている、大岩陵平選手だったのではないだろうか。

お互い爽やかでちょっと口下手で、一緒にいると青春ぽさがあった。共に戦っていたのが途中で道を違えたところも青春っぽかった。それも今日でお別れだ。清宮選手が何度も大岩選手を煽るように、檄を飛ばすように厳しく攻撃していく。満場のNOAHファンから「大岩、今日で帰るんだぞ!」と声援が飛ぶ。そして清宮選手の鋭いミサイルキックを両手を広げて全力で受け止める大岩選手。対戦相手の檄を、愛を、かわすのではなく鍛え抜かれた己の身体と心で全力で受け止めるのがプロレスの醍醐味だ。あっという間の27分を超える戦いは、清宮選手の技ありの4の字式エビ固めで終わりを告げた。

大岩選手に感謝を伝え、その成長を称えた清宮選手は「この1年で俺も成長できた。そして陵平、お前はどこにいってもNOAHの魂を持ったレスラーだよ」と告げる。満場のお客さんは万雷の大・大岩コールで大岩選手を送り出す。新日本プロレスに帰っても、NOAHファンは大岩選手のことを応援し続けるだろう。NOAHと新日本、2つの団体から応援される大岩陵平選手は、幸せなレスラーだ。

NOAHでの武者修行を卒業し、新日本プロレスにすぐ戻るのかどうかはわからないけれど、新日本では同期の、しかもデビュー戦の相手でもある藤田晃生選手が目覚ましい活躍を見せている。TMDKの一員として、新日本ジュニアのメンバーとして確固たる存在感を示している藤田選手に以前大岩選手について尋ねてみたら、「ヤングライオンの時はライバルでしたけれど、今は自分もTMDKの一員ですし、大岩がNOAHでどうしているかは特に気にかけてはいません」とクールに答えてくれた。果たして再会してお互いどんな刺激を与えられるだろうか。そして約束した通り、いつかもっと大きな会場で、清宮選手と大岩選手が向かい合う日が来るだろうか。リングはどこかで繋がっている。楽しみは続いていく。

プロレスリングBASARA9.11新宿大会


プロレスリングBASARAの興行に行くのは楽しい。まず、お客さんがとても楽しそうだ。新木場で行われている「宴」というシリーズはお酒飲み放題なので、それはもう盛り上がる。コロナ禍を経て通常の興行が開催できるようになってもなかなかお酒を飲みながらの興行は難しく、ようやく2023年8月29日に3年5ヶ月ぶりに「宴」が再開した時の盛り上がりは凄かった。全員でイサミ選手の入場曲「不死身のエレキマン」を大合唱した時にはなんだか涙が出そうだった。

ベテランと若手、ハードヒッターとハイスピード、努力家と鬼才がいる。中でも私がBASARAをBASARAたらしめている存在だと思っているのが風戸大智選手で、身体能力を予想外の方向でいつも使い切っている。あのカズ・ハヤシ選手も「プロレス界の宝」と褒めていたが、プロレスのセオリー、もっというと常識からかけ離れた動きをするので、初めて対戦する選手は毎回困惑する。前回の宴では2AWが誇る正統派のチャンピオン、吉田綾斗選手が風戸選手とシングルマッチだったのだが、全く噛み合わずに「何が正解なのかわからん」と困り果て、付き合っていられないとばかりにその強さを発揮したらヒールの時だってないくらいの大ブーイングを浴びた。そういう風戸選手の試合を見るのが好きだ。

この日は4wayタッグに登場した風戸選手、自分以外の選手が輪になって回るなかダイブする5秒前

9月11日水曜はBASARAにとっては珍しい新宿FACE大会で、塚本拓海選手のデビュー15周年、中津良太選手の10周年の周年祭だった。第1試合から新人選手の井上彪流選手がイサミ&関根組の洗礼を受け、第2試合にはBASARAもう一人の鬼才、ジュードーマスターが阿部史典選手を困惑させ、第3試合の4wayタッグにはSOSが登場。ツトム・オースギ&バナナ千賀のSOSはキャリアでいったら今年ちょうど20年(!)、ベテランといっていい存在だけれど、変わらないそのスピード、洗練されたタッグワークにいつ見ても惚れ惚れする。SOSのお二人はBASARAのレギュラーで、それぞれシングルでもBASARAのタイトルマッチで記憶に残る試合をされている。

この日の第4試合はUWAタッグ選手権で、王者関札皓太&梶トマト組vs挑戦者中野貴人&神野聖人組。関札&梶のハイテンションパーティボーイズも大好きなタッグチームで、その名の通り入場からめちゃくちゃハイテンションなのと、ハイスピードなのと、ハイクオリティ。その速さ巧さに若い挑戦者チームが食らいついて、最後は中野選手が関札選手から勝利をもぎ取った。この中ではひとりヘビー級の神野選手は試合後に「酸欠になりそうだった」と漏らしていたけれど、よくあの動きに付いていったと思う。大きくて力持ちの神野選手と、小柄で小気味よい中野選手。DDT両国のダークマッチで初めて組んでから5年、ケンカもせずに仲良く「愛人タッグ」としてやってきた。これからたくさんのチャンスがあるといいなと思っている。

セミファイナルは塚本選手の15周年で、相手として選んだのは伊東優作選手だった。見た目、というかフォルムがそっくりで、選手でもリング上で一瞬見間違うという。ちなみに竹田誠志選手のお嬢さん、にこちゃんは伊東優作選手の大ファンで、塚本選手の写真を見ると「違う」と言うんだそうだ。なかなかの強面好きだ。

新宿FACEではなかなかないハードコアマッチで、椅子や一斗缶が飛び交ってはスキンヘッドに激突し、見ているお客さんがみんな痛そうな顔をしている。蛍光灯で頭を殴られる経験はないけれど、机や椅子の角に頭をぶつけたことがある人は多いから、もちろんハードコアマッチの痛みはその何十倍もあるけれどなんとなく想像はできる。

一方、メインイベントは中津良太選手の10周年。中津選手がもう10年とは! DDTの若手プロジェクト、DNAでデビューした時、最初から大人びていたし、戦い慣れていた。そんな中津選手が選んだ相手は、かつて同じユニット、スパーキーで組んでいた、谷嵜なおき選手。谷嵜選手もちょっとやんちゃなイメージがあるので、今回の記念試合は15周年の塚本選手が自分の弟分と、10周年の中津選手は兄貴分を選んだんだなと感じた。

そんな気心知れた兄貴分と心ゆくまで殴り合って、極めあって、頭突きし合って、決着は付かなかったけれど中津選手は楽しそうだった。中津選手はデビューから10年間、一度もケガで欠場したことがないんだそうだ。それは本当に大切なことで、どうかこれからもケガなく、やりたいことが続けられますように。そして私はもちろん仕事なので飲めないけれど、BASARAファンのお客さんがこれからも美味しいお酒が飲めますように。

正義は必ず勝つ、負けたら?

©春場ねぎ・講談社/『戦隊大失格』ザ・ショー製作委員会


「戦隊大失格」ザ・ショー のゲネプロを取材させて頂いた。少年マガジンで連載中のコミックスの舞台化で、なんといっても戦闘員F役で新日本プロレスのエル・デスペラード選手が舞台初出演なのだ。

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新日本公式のインタビューによると、そのきっかけはあのデスペラード選手の主催興行「DESPE-invitacional」だったという。その試合紹介のナレーションを担当したデスペ選手の語りが魅力的だったことから今回の出演に繋がったそうだ。アクションではなく、声がきっかけ、というのに大変驚いたのだが、確かにデスペラード選手の声はとても深みがあり、表現力が豊かだ。

 

久々に訪れたシアターGロッソは舞台の天井が3階分もあってとても高い。ゲネプロ前に行われた出演者のインタビューでは、皆さんが口々に「みんながケガなく千秋楽を迎えられるように」と話していらしたのが印象的だった。誰もケガせずにシリーズ完走できますように、と願うプロレスと同じなんだな、と思う。

 

実際の舞台が始まると、みな同じ全身が隠れている衣装の戦闘員の中でもひときわ身体が大きい戦闘員F。アクションも台詞もたくさんあって、その語りがやはりとてもいい。そしてデスペさんがこれを言うんだ、という台詞の数々。

 

物語の中で連呼される「正義は必ず勝つ」という言葉、ならば負けることは即ワルモノなのか、ワルモノは負けなければいけないのか。正義の窮屈さ、正しさを繰り返されることの圧迫感など、考えさえられることがたくさんあった。と書くと堅苦しいけれど、あの高さを存分に生かした立体的なアクションや歌に踊り、演出の数々はとても見応えがあ。演者さんたちもお芝居にアクションに歌に踊りに、皆さん本当に多才で魅力的だ。

 

先のインタビューで一番印象的だったのは、デスペラード選手のこんな言葉だった。

 

「なにかを盗んでやろうとかも正直一個もなくて、(舞台を)全力でやらないと失礼でしかない。持って帰ろうっていうよりは、やったことが結果、自分のプラスになることがあるんでしょうけど、これを持ってプロレスに帰って、これをプロレスで役に立てようっていう発想はいまのところ一個もないです。」

今回の経験をプロレスにフィードバックしようとは今のところ全く考えていない、というデスペラード選手の言葉に気づいたことがあった。芸能人がプロレスのリングに上がる時、例えば武知海青さんがDDTのリングに上がった時に「この経験をTHE RAMPAGEに生かしますか?」とは誰も聞かなかったと思うし私もそんなことは考えもしなかった。プロレスのリングに上がる時はプロレスを、ステージに上がるときにはそのステージを全力でやる。それだけのことだ。

だからこそ、戦闘員Fとしてのエル・デスペラード選手のことをぜひ舞台で見て欲しい。9月16日まで、シアターGロッソでデスペさんと握手、は出来ないけれど、戦い悩み生き抜く戦闘員さんたちが待ってます。

©春場ねぎ・講談社/『戦隊大失格』ザ・ショー製作委員会

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ヒロム選手が挑む無差別級。

プロレスの日常のリングの上では、選手はヘビーもジュニアヘビーも入り交じって戦っている。でも、団体トップのベルトは「IWGP世界ヘビー級」とか「三冠ヘビー級」のように、体重別になっていることが多い。でも、NEVERは無差別級だ。無差別級、英語でいうとopen weightと銘打たれているのは新日本のベルトの中ではこのNEVERと、現在ゲイブ・キッド選手が保有するSTRONG無差別級王座の2つになる。

 

そんなNEVER無差別級に、新日本プロレス9月9日後楽園大会で高橋ヒロム選手が挑戦した。言うまでもなくヒロム選手はジュニアヘビー級で、そして今のNEVER無差別級の王者はHENARE選手、文句なしのヘビー級戦士。12年前に他団体の含めた若手興行として行われていたNEVERのリングでデビューしたヒロム選手は、未だに実現していなくて絶対にかなえたい内藤選手とのシングルのために、NEVERのベルトが必要だった。NEVER無差別級のベルトはかつて、内藤選手が提唱したベルトだからだ。

 

正装のカラフルなガウンをまとって入場したヒロム選手は、体重差20kg近いHENARE選手を相手に混じりけのない純度100%の真っ向勝負で挑んだ。HENARE選手の分厚い胸板に何発チョップを打ち込んでも、重く鋭いミドルキック一発で倒されてしまう。それでも幾度も立ち上がってくるヒロム選手。プロレスは立ち上がり続ける限り試合は決しないけれど、祈るように、ではなく本当に両手を握りしめて祈るファンが、歯を食いしばって何度も何度も立ち上がるヒロム選手の姿に涙するファンが、たくさんいた。

 

無差別級といっても、振り返ってみてNEVER無差別級のベルトを純然たるジュニアの選手が巻いたことは実はない。いわゆるインディー団体も含めて多様な選手が参加したトーナメントを制した初代王者は田中将斗選手で、2代目が提唱者の内藤哲也選手。その後は永田裕志選手や鈴木みのる選手が巻いたこともあるし、外国人選手ではウィル・オスプレイやジェイ・ホワイトも巻いている。そして過去に6回、NEVER無差別級に輝いているのが石井智宏選手で、近年のNEVERはこの石井選手のイメージが強い。

 

今回はその先に内藤戦を見据えてのNEVER挑戦だったけれど、ジュニアというカテゴリーに並々ならぬ誇りとこだわりを持っているのも高橋ヒロム選手だ。いつかIWGPジュニア選手権で東京ドームのメインを張りたい、というのがヒロム選手の目標だったはずだし、他団体にかけあってオールスタージュニアフェスティバルを実現させた。もとよりきっとヒロム選手の中には、プロレスにおいて「差別」も「区別」もなかったはずだけれど、それでもこのNEVER無差別級のベルトは手に入れなければいけないものだった。なぜなら、その先に自分をプロレスラーに導いてくれた内藤哲也選手がいるから。

 

圧倒的に不利な試合だったけれど、耐えに耐えたヒロム選手、もしかしたらもしかするのではないだろうか、という希望をHENAREは打ち砕いた。3カウントが入った瞬間に、ため息と、安堵と、感謝の気持ちが後楽園に満ちた。

 

試合後に内藤選手に肩を預けたヒロム選手はただひと言、「HENARE、お前のマナ、受け取ったよ」とつぶやいた。マナ、とはマオリに伝わる聖なる力、能力、徳、尊厳といったもので、人に受け渡すことができるのだという。ヒロム選手が受け取ったその力を、私たちもあの試合を見て、感じることで、少し感じられたのではないかと思っている。

後楽園2連戦、田口選手は悪との戦いに余念がなかった。初日はHOUSE OF TORTUREと、

2日目は地球を侵略しに来た戦闘員の皆さんと対峙する。田口監督の辞書に休息の文字はない