「優里佳!チャンピオンだよ!」と桃野選手は叫んだ ~センダイガールズ9.27新宿大会


センダイガールズプロレスリングのリングには、強くてかっこよくて、自分もこんなふうに戦いたい!と思える選手たちが集っている。そもそもセンジョを率いてきた里村明衣子選手が、凜として誇り高くて強くて純粋で、いつご一緒してもこちらの背筋が伸びる、憧れの存在だ。

センジョの選手たちはみな里村選手のそのスピリットをそれぞれに受け継ぎつつ、見事に個性豊かに花開いた。現在のシングル王者の岩田美香選手は鋭く、DASHチサコ選手は苛烈で、橋本千紘選手は分厚い。若手の選手たちもカラフルで、かつプロレスラーとして力強い。里村明衣子選手が海外に拠点を移し、大変だった時期もあったはずだけれど、今は他団体から参戦する選手も含めて層が厚く、魅力的なラインナップが揃う。

いまセンジョで凄いなと思うのは、タッグチームが粒ぞろいなところだ。DASHチサコ&松本浩代の令和アルテマパワーズ、橋本千紘&優宇のチーム200kg、水波綾&愛海の愛海と水波(まなみとみずなみ)、桃野美桜&岡優里佳のボブボブモモバナナ。後ろ2つのチームは滑舌が難しいので口に出す時には要注意だ。ここ5年にわたるアルテマとチーム200kgの名勝負数え歌はものすごくて、この2チームからベルト奪うチームは一生出てこないんじゃないかと思っていたので、今年に入ってその扉をまなみみずなみとボブボブがこじ開けたのには本当に感動した。

そして27日新宿大会のメインで行われたのが、センダイガールズワールドタッグ王座戦、桃野&岡のボブボブモモバナナvs橋本&優宇のチーム200kgのタイトルマッチ。王者チームの桃野&岡が、橋本&優宇を指名したことで組まれたタイトルマッチだった。ボブボブモモバナナは7月の後楽園でチャンピオンになったばかりで、何も初防衛戦で最強のチームを指名しなくても、とは思ったが、タッグ王者として歩んでいくためにはいつかは対戦しなければいけない存在だった。

橋本&優宇のチーム200kgは、BON JOVIのイッツマイライフで入場する。誰もが知っているこの曲、いいタイミングでお客さんに向けてキメポーズをする。盛り上がらないわけがない。分厚くて強くて、その上キュートなこの二人はこれまで当たり前のように男子選手とも戦ってきた。どのリングでもお客さんを沸かせる最強タッグだ。

チャンピオンのボブボブモモバナナは200kgとは真逆の、小柄ですばしっこくてポップで、スーパーボールみたいなタッグチームだ。当然ながら歴然とした体格差があるので、早く、高く、機動力で勝負したいところだが、キャリアで劣る岡選手がどうしても捕まってしまう。コーナーから桃野選手が声の限りに叫ぶ。

「優里佳!チャンピオンだよ!」

ここぞというところで桃野選手がアシストして、1+1が2以上の力で立ち向かうけれどいかんせん相手はチーム200kgだ。あっさりと文字通り跳ね返されて、場内からは心の底からの「うわあ」というため息がこぼれる。最後はボブボブモモバナナを皮ごと頂く勢いで、チーム200kgが完食してタッグタイトルが移動した。

その後に挑戦表明してきたスターダムのH.A.T.E.勢、刀羅ナツコ選手のベルト挑戦アピールとその後の乱闘を、敗れた元王者チームはどんな気持ちで聞いたのだろうか。試合後に「誰が見てもチーム200kgの勝利を予想したと思うんですけど、それを裏切りたかった」と桃野選手は悔しそうだった。センジョのタッグ戦線に新たなH.A.T.E.勢が参戦してきたのは面白くなりそうだけれど、若くてまだ伸びしろがたくさんあるボブボブモモバナナが、また心も体も更に強くなってこの荒波に帰ってきてくれるのを楽しみにしている。

試合後に美味しく頂く恒例のおにぎりに攻撃を加える刀羅ナツコ選手。悪い

「お米の恨みは恐ろしいぞ!」とのチャンピオン。平たくなってもおにぎりはおにぎりです

 

not elegant から6年。棚橋弘至×ケニー・オメガ

 

9月26日、新日本プロレス公式のポストに「棚橋弘至×ケニー・オメガ」という文字が見えた時、まさかという思いで心臓がドキドキしてまともに見られなかった。心がかき乱される、封印していた思い。

今から6年前、記者会見の席上で棚橋選手はケニーのことを「ケニーのプロレスには品がない」と言った。通訳の方はそれを「not elegant」と訳した。その言葉が強烈すぎた、強烈というかそれを通り越してショックだった。

棚橋選手は自分が発する言葉の責任の重さや影響力をわかりすぎるほどわかっている人だ。その棚橋選手が発した「品がない」はなぜだか私に深く突き刺さった。ケニーも初来日からずっと見てきたし、棚橋選手が自分の全てをプロレスに捧げてきた道のりもずっと見てきた。ふたりとも大好きで、尊敬する選手たちだ。その会見は2018年10月9日に行われ、翌年の2019年1月4日東京ドーム大会の、IWGPヘビー級選手権がケニー・オメガvs棚橋弘至に正式決定したことから行われていた。

その時の両者の立場がどんなものであったとしても、ただの敵対している同士のタイトルマッチ、という言葉に収まらない異様な雰囲気だった。プロレスは相手へのリスペクトや信頼関係があって成り立つ、という言われ方はよくするけれど、この日の壇上は試合以前に相手を否定する言葉が飛び交った。そんな中で会見の序盤に発せられたのが、品がない、not elegant だった。

それ以前にもそれ以降にも、私にとっては対戦相手を表するこれ以上ネガティブな言葉は思いつかない。特に、ケニーのようなプロレスラーにとって not elegant は一番言われたくない言葉だっただろう。おそらくケニーは相当に心外だっただろうし、ただ安全なところから見ているだけの私にもなぜか大きなトラウマの言葉になった。

年が明けて1.4ドームは40分近い激戦の末、棚橋選手が4年ぶりにIWGPヘビー級王者になった。そしてケニーは日本から去った。あれから5年9ヶ月。いや、私にとってはあの会見から6年といった方がしっくりくる。

動画のタイトルには「再会」とあった。再び何かが始まるのか。それともきちんと終わらせるための再会なのか。また私は心がかき乱されるのか。かき乱されるとしても、見ないわけにはいかない。

戦場の巨大深海生物 〜プロレスリングBASARA9.24新木場大会

 

プロレスリングBASARAの新木場大会はこの夏から、1ヶ月に2回行われている。どちらも飲み放題の「宴」というスタイルなのだが、蒼宴、といういつものBASARAと、緋宴、というハードモードの2つのスタイルに分けられることになった。で、24日に行われたのが緋宴の、ハードスタイルの方の大会だ。緋宴には前回私が書いた

sayokom.hatenadiary.org

風戸大智選手やジュードーマスターのようなトリックスターはいない代わりに、大日本プロレスの神谷英慶選手やTTTのガッツ石島選手のようなスーパーヘビー級が登場し、舞浜まで吹っ飛ばすくらいのショルダータックルを見せてくれる。凄すぎて笑ってしまう。

そんな中で今日、第3試合に組まれたのが今成夢人&渡瀬瑞基vs中津良太&リル・クラーケンというタッグマッチ。戦前にそうとはうたわれていなかったが、この4人の熱量によって一気にこの試合はガンプロvsBASARAの対抗戦になった。奇襲をしかけたはずの今成選手が一瞬にして中津選手のバットで100倍返しされる。場外でクラーケンが放り投げられている。

この4人のメンバーでただ一人、リル・クラーケンだけがキャリアが浅く、経験値が少ない。しかも、他の3人は明らかにケンカ慣れしているタイプのレスラーだ。渡瀬vs中津の元DNA勢は笑みを浮かべながら躊躇なく相手を殴り、今成選手は大声でBASARAファンを煽りながらストンピング。頑張ってクラーケン、勢いに負けないでクラーケン、と思いながら見ていた。

リル・クラーケン選手はマスクマンなのでもちろんその表情はうかがい知れないのだが、ふわっとしたつかみどころのないイメージがある(イカだけに)。去年12月3日の後楽園大会であのザ・グレート・サスケ選手をシングルマッチで破る大金星を挙げているのだが、当の本人は「勝ってしまった、嬉しいですけれど正直少し困惑しています」という謙虚にもほどがある感じだったし、今年の4月に藤田ミノル選手の持つユニオンMAXに挑戦した時も「栃木のおばあちゃんにベルトを見せたい」という心優しすぎる意気込みだった。試合はもちろん素晴らしかったのだけど。

そんな心優しい巨大イカ(なのに名前はリル・クラーケン)のマスクマンは、殺気だった今日の新木場のリング上で自分以外は全員血の気が多いメンバーに交じって必死で食い下がっていた。相手以上にパートナーであり先輩の中津選手が恐ろしくて、相手を殴るついでにクラーケンに活を入れる。「しっかりせんかい!」とクラーケンをモノのように相手に投げつける。しかし逆にケンカするのにこれ以上頼りがいのある先輩もいない。自分が頑張って繋げば、絶対に相手をボコボコにしてくれるわけだから。

クラーケン選手の試合終盤に相手のアゴを射貫くドロップキックは見事だったけれど、最後は今成選手の渾身のラリアットにBASARA組は敗れた。元はといえば同じDDTグループだったのに、見事にカラーがわかれたプロレスリングBASARAとガンバレ☆プロレス。近いのに遠い、遠いのに気になる関係だ。

8月の大会もそうだったけれど、緋宴の中心は中野貴人&神野聖人の愛人タッグで、メインはこれはBASARA勢同士のイサミ&関根組とのUWAタッグだった。若い2人が見事に防衛したら、なぜかそこに入ってきたのは高梨将弘選手。4年前の、藤田ミノル選手との物語がまた始まる。

直前まで下北沢のバカガイジン興行にいたという高梨選手、下北から新木場の移動はなかなかの距離

 

ガンバレ☆プロレスは青春だ ~ガンプロ9.23横浜大会

メイン後に石井選手が締めようと思ったら大家さんが登場、ブーイングを喰らうも2025年4月11日の後楽園大会を発表!

 

ガンバレ☆プロレスには青春のほろ苦さがある。デビューしたばかりの若い選手からキャリア20年を越える選手まで、みんないつも少しずつ悔しい思いをして、それを隠すことなくさらけ出す。そして汗と涙にくれながら、最後はみんなで足を踏みならし大きな声で叫ぶ。一生、青春のただ中にいる人たちだ。

9月23日の横浜ラジアントホール大会は通常の大会としては久々だった。8月の新木場大会が台風で中止になったからだ。私も久々のガンプロだったけれど、みんな元気で、いつも通り熱くて、嬉しかった。

第1試合は中村宗達&川上翔大の「市川少年愚連隊」と、FREEDOMSで暴れ回る政岡純&ガイア・ホックスの「F-SWAG」のタッグマッチ。中村&川上は幼なじみで、中村選手のデビューがきっかけで川上選手もプロレスラーを志したという、これが青春じゃなくて何なんだという物語だ。そんな初々しい二人が、ちょっと悪くて巧くてカッコいいお兄さんたちにリング上で翻弄される。余談だがガンプロには「翔太保存の法則」があるのではないかと思っていて、というのもあの翔太選手がガンプロからフリーになったのと入れ替わるように川上翔大選手がデビューしたからだ(漢字はちょっと違うけれど)。市川少年愚連隊、ガンプロ内外でたくさん揉まれて、経験を積んで、二人で一緒に走っていって欲しい。

 

まなせゆうな選手を見るといつも本当に元気になる。そしてまなせ選手はいつも愛に溢れている。団体に、後輩に、対戦相手に、その愛はいつも惜しみなく注がれる。その愛はきっと、見返りを求めない愛だ。私も会場でまなせ選手に声をかけてもらいたくてガンプロに行っているところも正直ある。そんなまなせ選手は今日、ガンジョで大会のメインを張りたいと訴えた。ガンジョ、つまりガンバレプロレス女子部はガンバレ☆プロレスのとても大切な構成要素で、ファンもたくさんいるのに、大会の前半でなんとなくまとめられるのは悔しいと彼女は訴えた。もっともな要求だと思う。ガンプロの選手たちはみな平等で、男子だから、女子だから、という区別や差別は私の知る限りないと思うけれど、試合順となるとなかなか残酷だ。そして今日の大会中に、渡瀬瑞基&入江茂弘の持つ、スピリットオブガンバレタッグ王座にまなせゆうな&YuuRIで挑戦することが決定した。

 

メインは石井慧介選手のスピリットオブガンバレ王座に、和田拓也選手が挑戦した。プロレスの申し子のような石井選手と、格闘技出身の和田選手。ガンプロのリングでなければなかなか考えられないタイトルマッチだ。格闘技の世界から来た選手が持つヒリヒリした緊張感。グラウンドに誘う和田選手に応えない石井選手。逆に場外へと誘う。かと思えば、グラウンド状態の和田選手にいきなりサンセットフリップ! そういえばサムライ開局間もないころ、あの高田延彦vsヒクソン・グレイシーという対戦が決まり、プロレス記者や格闘技雑誌記者と試合の行方をうらなう討論会を大真面目にやったことを思い出した。

 

そうはいってもここはプロレスのリングだ。そして和田選手も、今はプロレスラーとしてこのリングに上がっている。腕を極め、足を極め、試合終盤には中学時代からの盟友、今は亡き青木篤志選手の得意技だったアサルトポイントで勝負を決めに行ったけれど、最後は石井選手の高角度ダブルアームDDTに沈んだ。石井選手はこのダブルアームDDTといい、今日は2で返されたけれど相手を空中で180度回転させる胴回し回転ボムといい、さすがプロレスを長年研究し続けているだけあってオリジナリティが高くえげつない技をいくつも持っているのに、かっこいい名前をつけようという気がまるでないのがらしくて良い。トルネードなんとかとか、サンダーなんとかとか、そういうことにこだわりがないのだ。

 

今日も楽しかったな、と思って外に出たら驚くほど寒かった。ガンプロの熱さに夢中になっていた間に、どうやら外は秋になっていたようだった。

努力しても届かない世界は果たしてどこにあるか〜さくらえみvs中島翔子

さくらえみは恐ろしいひとだ。いや、わかってはいたけれど、改めてその恐ろしさに畏怖した、東京女子プロレス9.22幕張メッセ大会の第6試合、さくらえみvs中島翔子の一戦だった。

努力のひと中島翔子と、開拓者のさくらえみ。事前にこの試合とお互いについて尋ねたところ、さくらさんは中島選手についてこう評した。

「中島さんについて、誰よりも努力家だということはわかっています。私はどちらかというと隙間をみつけて要領でやってきた部分があるので、努力しても届かない世界があるということ、そしてたどり着いてしまった先から何をやればよいのかを見せつけたいです」

うわ、こわ!と思った。努力しても届かない世界、こんなに恐ろしいことがあるだろうか。

中島翔子選手は誰もが認める努力家だ。私も何度も書いてきたし、解説でも繰り返しお伝えしてきたけれど、誰よりも道場にいて練習し、技術を磨き、プロレスについて考えてきた。そのルーティンを壊すことに不安がある、とも話していた。自分で自信が持てるまで、安心できるまで準備をするのが、中島翔子というひとだ。

一方、さくらさんの行動にはこれまで何度も驚かされている。子供向け体操教室からキッズレスラーをデビューさせた時も、自分で作ったアイスリボンを離れた時にも、タイにプロレス団体を作った時も、本拠地をアメリカに移した時も毎回驚いたけれど、さくらさんがどれくらい計画的に準備していたことなのかはわからない。ついこないだも我闘雲舞の団体名を(配信団体名の)チョコプロに統一します、と突然発表したけれど、スタッフや選手が狼狽する様子を見るにつけ、その瞬時の閃きによるところが多いのかなという気もする。

ゴングが鳴って、いや鳴る前からリング上を支配していたさくら選手。中島選手の動きを、そしてみんなの視線を釘付けにする。グラウンドで一瞬中島選手の顔をかきむしって油断させる。動きの速さで自分の流れを掴みたい中島選手なのに、さくらさんがクイーンのリズムで取り戻してしまう。重く鋭いチョップが中島選手の胸を切り裂く。

中島選手の動きの速さは言うまでもないけれど、さくらさんの瞬発力がまた凄いのだ。基本的にはゆったりと、でも確実に空間を支配するさくら選手だけど、ロメロスペシャルに行く時、ケブラドーラに行く時、そしてラマヒストラルに入る瞬間の驚異的な速さと勢い。見ている側もあぶない!と叫んでしまう決定力とタイミング。

中島選手のダイビングセントーンを阻止してのクイーンズギャンビットで、2024年9月22日、さくらえみは中島翔子から完璧な3カウントを奪った。実況の村田さんや私はもちろん、さくらさんの試合をおそらく始めて見ただろうゲスト解説の谷真理佳さん、中西智代梨さんも言葉を失うほど、圧巻の勝利だった。

実況席も会場もしばらくはその余韻にざわざわしていたけれど、本当におそろしいのは更にバックステージだったことを私は大会終了後に知った。

悔し涙をこらえてコメントする中島選手のもとに乱入して、さくらえみ選手は高笑いしながらこう言ったのだ。

勝つ気だったって? あんた笑わせるんじゃないわよ。泣いちゃってるんじゃないの。中島は負けて悔しい感情を出してるつもりだけど、本当は負けて嬉しいのよ。負けてまた次の課題が見つかって、私が頑張れる目標が見つかって、本当は嬉しいのよ。中島が努力したら必ず報われるっていう言葉をプロレス人生賭けて証明してくれるんじゃないかなって思います」

 

自分に負けて悔し涙を流す、18年も後輩の選手に試合直後にかける言葉がこれである。

でもこれは、中島翔子というひとをものすごく的確に、痛いところも含めて、突き刺す言葉なのかもしれないと思った。努力する目標があるから中島翔子選手は強くなった。キャリア10年を越えて、自分に負けたことでまた新たな課題が見つかって、やるべきことがあってあなたは嬉しいでしょう、あなたはきっとそういう人でしょう、とさくらえみは中島選手に言ったのだ。そして本当にたぶん、中島翔子というのはそういう人だ。

リングを降りても中島翔子とさくらえみの戦いは続く。中島翔子は努力が報われることをプロレスを続けることできっと証明してくれるだろうし、さくらえみは誰も見なかった道を切り拓き続けるだろう。東京女子の一期生として、誰も先輩がいない中でプロレスラーとして団体を牽引してきたひとりである中島翔子選手に、10年を越えたところでこういうとんでもない先輩が立ち塞がっていることを、とても楽しく、たのもしく思っている。

「林下詩美はこんなもんじゃないよな」とMIRAI選手は言った


女子プロレス団体マリーゴールドでは現在、2ブロック制のシングルのリーグ戦が行われている。旗揚げから3ヶ月、両国国技館大会、ジュリア選手の退団と渡米と短い間に大きなニュースが続いた。そしてこれからが、プロレス団体マリーゴールドの日常になる。

桜井麻衣選手の立ち振る舞いがものすごく自信に溢れていた。もともと貴婦人様なので余裕たっぷりではあったのだけど、敬愛するジュリア選手から離れて、更に覚悟と決意が深まったのかもしれない。かつてDDMで共に戦い、現在はスターダムの最前線で戦い続ける舞華選手も「ジュリアはすごく自分に自信を与えてくれた。舞華はいいものもってるんだから自信持てよって言い続けてくれた」と話してくれたけれど、ジュリア選手はそういう、傍らにいる人を勇気づけてくれる人なんだと思う。桜井選手もどれほどジュリア選手から鼓舞されて、プロレスラーとして生きる覚悟を決めたのかと思う。

"女子プロレス界の人間国宝"と呼ばれ続けて久しい高橋奈七永選手と、ポジラ選手の公式戦が凄かった。マリーゴールド旗揚げ戦に来日した謎の外国人選手、ポジラ選手は大変なインパクトで、若くて大きくてすさまじいパワーの持ち主でありながら、スペースローリングエルボーまでやってしまう。この日もショルダータックル一発で奈七永選手を吹っ飛ばし、場外で椅子をセッティングしてから殴り合うなど奈七永選手を散々翻弄したけれど、最後は奈七永さんが執念の丸め込みで勝利した。奈七永選手は両手を挙げてめちゃくちゃ喜んだ。

私はこういう奈七永さんが大好きだ。人間国宝と呼ばれキャリアも28年を数えるけれど、今でもどんな試合にも全力で挑み、先輩だろうが後輩だろうが初めての外国人選手だろうがビッグマッチだろうが小さな会場だろうが、同じように勝てば喜び、負けたらめちゃくちゃ悔しがる。そんな奈七永選手のパッションに触れたいと思うレスラーは今でも引きも切らない。記者席の正面あたりの客席で奈七永さんと同じくらい両手を挙げて盛大に喜んでいるお客さんがいるな、と思ったら、中西百重さんだった。後でばったりお会いしたら「いやあもう本当に嬉しくて盛り上がっちゃいました」と笑顔だった。ナナモモの絆は熱い。

メインは林下詩美vsMIRAIの公式戦。詩美選手は誰が見てもこの新団体のエース候補のはずだ。スターダムを辞める覚悟をした理由を尋ねたら、「自分のためにプロレスをしたくなった」と話していた。ユニットのリーダーとして、後輩の面倒を見て、ユニットとしての存在感を高めて、ということにここ数年集中していたけれど、そろそろまた自分のためだけにプロレスをしたい。それが、新団体を選んだ理由だった。なのに、旗揚げから3ヶ月、ジュリア選手の退団などの大きなニュースがあったとはいえ、詩美選手は実績でも、話題性でも、最前線にいるとはなかなか言いがたい。どうしてなんだろう詩美選手、と思っていた。

メインイベンターとして登場した詩美選手のオーラには少しの陰りもなく、試合内容にも見応えがある。MIRAI選手の魂込められたファイトもいつも以上に魅力的。実はスターダム時代には1度しか対戦経験がなかった、というこの顔合わせだが、今日はMIRAI選手がその渾身のラリアットで詩美選手をねじ伏せて、こう言った。

「やっと林下詩美に勝てたよ。でもここにいる林下詩美はMIRAIが越えたかった100%の林下詩美じゃないよな? 林下詩美はこんなもんじゃないよな?」

試合後のバックステージで詩美選手は「ここしばらく不安を感じていたのは本当のこと」と打ち明けた。限界を自分で決めたことも進化を止めたつもりもないけれど、心に不安を抱えていたのは事実で、それをMIRAI選手に指摘されたのはすごく刺さったんだと。

詩美選手が不安だった、と打ち明けることが出来て良かったんだと思いたい。そしてそれをMIRAI選手が打ち明けされてくれたことも良かったんだと。ずっとこのまま無理していたら、なんのために新天地にきたのかもわからなくなってしまうから、そうでなくて良かったんだなと思いたい。

伸びしろがある選手がたくさんいて、ものすごく強い王者のSareee選手が所属選手を刺激し続け、この先に120%の林下詩美選手が帰ってくる。麦わら帽子の季節が過ぎたら実りの秋がやってくる。

血、汗、涙。FREEDOMS15周年

バキューン!

 

血と汗と涙と愛に溢れたFREEDOMS15周年記念横浜武道館大会だった。メインイベントが終わったリング上にはあり得ない数の大量のフォークとハサミと画鋲とノコギリが散らばっていて、そんな中でみんなが笑っていた。

FREEDOMSはいつも家族のようだなと思う。率いる佐々木貴選手の圧倒的お父さん感。リーダーシップがあって、責任感があって、愛情ある厳しさがあって、熱血漢だ。そもそも前の団体のトラブルから新団体を立ち上げることになり貴選手が代表を務めることになったのだが、デスマッチでプロレス界でも一目置かれる存在になっていた貴選手なら、自分だけならいくらでもフリーの選手としてやっていけたはずだ。それでも団体という形にしたのは「やっぱりみんなが集まる場、ケガをしても帰ってこられる場所を作りたかったから」と話していた。それ以来15年、コロナ禍もきちんとみんなが生活できるような環境を整え、ケガをした選手には欠場期間に新たなやりがいを見つけられるように導き、地方の選手にも活躍の場を広げてここまで団体を大きく、魅力あるリングに率いてきた。

世界中から憧れられる葛西純という特別なデスマッチファイターがいて、彼をもっと世に出したいと「狂猿」という映画の制作に尽力した。所属ではないけれど団体旗揚げからずっと参戦して、デスマッチにその身を捧げる竹田誠志選手が突然大きな不幸に見舞われた時にも全力でサポートした。思い悩む若手には厳しい言葉をかけつつも時間を与えて見守った。佐々木貴お父さんが率いるFREEDOMSは、いつの間にか大家族になっていた。選手だけではない。デスマッチ、ハードコアの試合形式なら絶大な信頼を勝ち得ているセコンド業務から、レフェリー、リングアナウンサーまで、みんなFREEDOMSという家族の大切なメンバーだ。

藤田ミノル選手が銅鑼を鳴らしたり巡査&胸毛ニキが北斗の拳の主題歌を熱唱したり地元出身のバラモンご兄弟がまさかの横浜武道館初進出だったりした。2年連続、ここ横浜武道館の試合でケガをして悔しい思いを重ねてきた平田智也選手が1年以上に及ぶ欠場の末ようやく復帰。まだ本来の70%くらいの動きです、とご本人は言っていたけれど、何よりも自分の足でリングを降りられて、この場に対するトラウマを払拭できたのが一番良かった。

KFCタッグは一関出身の佐々木貴&YAMATO組がビオレント・ジャック&吹本賢児組からベルト奪取。まさかのハードコアで流血に追い込まれた、DRAGONGATEの"全知全能"YAMATO選手の防衛ロードも楽しみだけれど、この試合が決まった時のジャックのダムズ愛に溢れるコメントも忘れられない。この15年のダムズの歴史の中で、大きな出来事のひとつがビオレント・ジャックの招聘だった、と貴選手も話していた。日本を愛しデスマッチを愛し、そしてFREEDOMSを愛してくれるジャック選手、本当に日本に来てくれて、そしてずっと日本にいてくれてありがとう。

セミファイナルの葛西純&正岡大介組vsアブドーラ・小林&若松大樹組のデスマッチは、とてもロマンチックだった。葛西選手のデスマッチは情緒に溢れている。世界一のデスマッチファイターになっても今もなお刺激を求め、新たな血を流している。今日の試合のラストに若松選手に一輪の真っ赤なバラを送ったシーンは、とても素敵な愛の告白だった。

 

15周年記念大会を締めくくるのは、竹田誠志vs杉浦透のKFCワールド王座戦だ。杉浦透選手のことをずっと、ダムズの末っ子みたいな存在だと私は思っていた。愛されるキャラクター、先輩から突っ込まれやすい人柄。プロレスラーとしてのスキルは充分に持ち合わせているのに、上手く行かなくて先輩に厳しい言葉をかけられることもこれまで何度もあった。でも、一度はあきらめたデスマッチにもう一度挑戦し、その右肘で苦手意識や恐怖心をぶち破ってからは本当にたのもしい存在に。横浜武道館を前に開催された記念パーティでも、最後にその会をきっちりと締める責任感あるスピーチをしていて、ああ、いつの間にか杉浦選手はこんな頼りがいのある存在になっていたんだなと感心したのだ。

タイトルマッチはダムズの、そして竹田選手、杉浦選手の15年分の思い、技、アイテムに溢れた試合になった。そもそもこの二人はお互いに身体能力が高くて何でもできてしまう。私はダンサーの三浦大知さんが菅原小春さんの素晴らしさを称した「よく利く身体を持っていて、そこに自分の感情を余すところなく落とし込むことが出来る」という言葉が大好きなのだが、竹田選手や杉浦選手にも同じことが言えると思う。プロレスとデスマッチに深い愛情があって、それを表現することが出来るアイデアがあって、しかも実現できるよく利く身体がある。

椅子、空き缶、竹串、フォーク、ハサミ、ノコギリ、有刺鉄線。トペ・コンヒーロ、ジャーマン・スープレックス、リバースUクラッシュ、スウィフトドライバー。たくさんのアイテムが、技が、思いが交錯した。激しくて眩しくて、でも悲壮感とは遠い、わくわくするような試合だった。お互いが生きるためのデスマッチ、それぞれの愛する娘のもとに生きて帰るためのデスマッチで、今日勝ったのは杉浦透選手だった。

 

「去年のクリスマスにベルトを獲って、それがずっと娘との希望みたいな存在になった。今回の防衛戦で一度も大ケガをしなかったのは、天国から嫁が守ってくれていたんだと思う」とベルトを失った竹田選手は涙をこらえて語った。ここにいない誰かのためにも、ここにいない誰かに守られて、生きるために、娘を育てるためにデスマッチを戦うのが竹田誠志選手というひとだ。今夜もお父さんは胸を張って、にこちゃんの元に帰るだろう。

新王者となった杉浦透選手は、大会を自分の言葉で、自分で締める権利が誰に遠慮することなくあるのに、対戦相手の竹田選手への感謝、団体と佐々木貴選手への感謝の言葉に溢れていた。この優しさこそが杉浦選手の魅力だ。心優しく、愛される末っ子は、お父さんへの感謝も忘れない立派な王者になった。そんな杉浦選手の言葉に貴選手も言葉を詰まらせていた。みんな笑顔だった。

杉浦選手の言葉であまりにいい雰囲気になってしまったので貴選手が「今日でFREEDOMSが終わるわけじゃないし俺も引退するわけじゃないんで!」と言っていた。そう、団体も選手もまだまだ明日がある。しかも今日はみんなが自分の足でリングを降りて、日常に帰ることができたはずだ。最高の非日常の次の日は、プロレスラーにもファンにも日常がやってくる。またやってくるはずの最高の非日常のために、私たちは頑張れるのだ。