グランド・マスターを見た。

王家衛監督の映画、グランド・マスター(原題一代宗師/THE GRANDMASTER)を見ました。ブルース・リーのお師匠さんとして知られる武術家、イップ・マンを主人公とした王家衛としては初のカンフー映画です。王家衛が単語登録されているくらいウォン・カーウァイ映画は全部見ているわたくしとしては、公開から3週間も経って見に行くというのはかなりのていたらくではあるのですが、一応感想などを書いておこうと思います。


まず断っておかなくちゃいけないのですが、私は90年代後半は香港映画や台湾映画ばかり見ていましたがいわゆるカンフー映画好きでは全然ない。なのでその辺りの知識もほとんどなく、今回の主役であるイップ・マン(葉問)がどれほど凄い人なのかもわからないし、カンフー映画の記号的なものもわからない。なので、王家衛映画としてどうだったか、という感想でしかないのです。

で。結論から言うとやっぱりこれは王家衛映画でした。この20年で撮るものが香港のファストフード店から近未来になったり、主役がアメリカ人になったり、言語が広東語から英語になったり撮影がクリストファー・ドイルじゃなくなったりしてもそれはどこまでいっても、王家衛映画でしかない(いい意味で)。

オープニングが暗くて雨が降っていていきなり嬉しくなる。スローモーションでにやにやする。カメラの性能も良くなったしお金も時間も超たくさんかけてるんだろうな、とは思うけれど、あのオープニングで巨大な飛行機が画面を横切った時と何も変わらないドキドキがある。

トニー・レオンは相変わらず女の子のふくらはぎをマッサージするし、相変わらずどんな時にも、それが悲しい時でも腹立たしい時にもいつも困ったような顔で微笑んでいる。何年もかけてトレーニングしたというカンフーのアクションの中ですらそれは変わらない。特段に美男子じゃないのに、とにかくcoolでセクシーな男トニー・レオン

までもトニー・レオンがそういう役者だってことはとうにわかっていたので、今回の映画で何が凄かったってチャン・ツィイーですよ。最初から最後までずっと綺麗で素晴らしい。舞踏を小さい頃からずっとやってきたという所作の美しさがカンフーの中で最大限に発揮され、メイクも最小限に抑えられた小さな顔のアップがまた毅然として美しい。南方の芸妓さんたちの中に入ると、彼女の北方系の鋭いラインが引き立つ。アーモンド型の目、小さなアゴ、形の整った額。若い時のシーンはもちろん、退廃していくところも凄みがあってまた美しい。彼女はマギー・チャンの後を継ぐ、王家衛のミューズになったんじゃないだろうか。

中国の北方vs南方、という構図が映画の軸になっているのだけれど、それはカンフーの流派の違いであり、前述した顔の違いであり、食べ物の違いであり、気候の違いであり、言葉の違いである。映画の間ずっと、チャン・ツィイーたち北方派は北京語を喋り、トニー・レオンたち南方派は広東語を喋っている。最後までそれはそのままで、通訳されることもなく北京語と広東語で会話をする。

王家衛の映画は香港の気候のせいなのか基本的にずっと湿っていて暗くて雨もよく降るんだけれど、チャン・ツィイーの故郷での雪上のシーンがまた美しかった。真っ白の雪、真っ白の喪服や真っ黒のコートのチャン・ツィイーのソリッドな美しさ。

そして話は唐突に終わる。え?というくらい唐突にそれは訪れる。チャン・チェンの扱いどうなのよ、と思うけれどなんたって王家衛だから仕方ない。「欲望の翼」のトニー・レオンよりはマシだ。しかしもったいない。「牯嶺街少年殺人事件」の少年も、「ブエノスアイレス」の旅する青年を経てすっかり額の広いいい男になった。36歳だもの。

こうやって書いていくとやっぱりよくわからないことはまだあって(あの蛇のスープのくだりとか)、もう1回見にいくだろうな、という気はしています。それが、ウォン・カーウァイという人のなせる技なんだろうな、と思うので。

あ、あと猿が可愛かったです。猿がヒドい目に遭うんじゃないかと途中からそればかり気になって心穏やかじゃなかったので、「猿は大丈夫だから」と安心した上で2回目を見に行こうと思います。