猫耳再録:第244回 劇場版プロレスキャノンボール2014~それは生きることへの賛歌

sayokom2015-06-10


ポレポレ東中野で劇場版プロレスキャノンボールを観てきました。本編終了後に今成助監督が同伴してきた永島勝司さんとのティーチインがあり、それはそれはもうど真ん中でカテェ感じのトークだったのですが、永島さんが「ジャパン・ナガシマ」という名の新団体を旗揚げしたいと考えていらっしゃることと、「俺はずっと前からプロレス業界の風雲児は高木三四郎永田裕志しかいねえと思ってた」ということをとにかく皆さまにお伝えしたいと思います。

以前試写で観た時の感想を猫耳アワーに書かせて頂いたのですが、アーカイブが見られなくなってしまったのでこちらに再掲載します。全国各地に上映の輪が広がっているいま、映画をご覧になった方とぜひこの思いを分け合いたく。そして文末に今回2度目にしてまた改めて気づいたことを付け加えます。


劇場版プロレスキャノンボール2014はひとりのプロレスラーの再生の物語だ。カメラはその自慢げな表情も不信も落胆も動揺も、残酷なまでにスクリーンに映し出す。そしてその後にやってくる歓喜

改めて説明すると、プロレスキャノンボール2014とは昨年10月21日から2泊3日にわたり、DDTを中心とするプロレスラーが4チームに分かれて車で東北を目指し、その道中で自らブッキングしたレスラーとプロレスの試合をし、その目的地へ到着する時間と試合によるポイントを競い合う競技だった。その全てが映画化を前提としていて、カメラは車中から交渉過程から試合から風呂場から、否応無しにどこへでも追ってくる。そして元々は3チームで始まるはずのこの競技に、自ら志願して参加したチームがいたことからこの企画にひずみが生まれ、そのひずみによって人間関係に変化がおき、そこに本来ならばなかったはずの怒りや動揺が生まれる。最後まで、このひずみこそがこの映画の最大の魅力となる。

そのチームは他のチームと比べまず車がなく、予算がない。レスラーとしての知名度も圧倒的に劣る。レスラーとしての知名度がないということは、自分の力でブッキングするレスラーの選択肢が限りなく少ないということだ。メジャー団体との2団体所属の選手や、団体の社長とその力は比べものにならない。最初からこの競技は平等ではなく、パワーバランスはめちゃくちゃだ。そして凄いのは、この映画を見るであろう圧倒的多数のプロレスファンはそこに登場するプロレスラーの名前もそのキャリアについても詳しいけれど、おそらく何も知らない人が見ても明らかにそれがわかるであろうということだ。この人は恐らく権力者だろう、この人はたぶん強い人だ、この人はたぶんものすごく負けず嫌いで、この人は天然で、この人は優しくて、そしてこの人はきっと、これまで何をやっても上手くいかなかった人なんだろうなと。4台のカメラはそれを恐ろしいまでにくっきりと見せている。

最初のクライマックスは初日の夜に訪れる。1日目のゴールである宿に全チームが到着し、それぞれのチームの映像を全員で見る。大広間にみんな温泉上がりの浴衣姿で、お酒を飲みながらゴロゴロして映像を見て、笑ったり羨ましがったり驚いたりしている姿はさながら大人の修学旅行で、楽しげだ。しかし時間が経つにつれ、疲労もあってその様子に変化が訪れる。

そこで交わされる圧倒的な正論、正しいことをしているのに言い返せない悔しさ、そこから生まれる落胆と不信感。安心して欲しいのだがこれは決して残酷なシーンではない。むしろあまりに正しすぎるのとあまりに凹んでいるのとで涙が出るほど可笑しい。どうか映画館でもみなさん声を出して笑って欲しい。私も試写会場で総監督の耳に届くほどの声で笑って、総監督を安心させた。

夜が明けてみな北へ向かう。そして行われる儀式。それを見つめるベテランレスラーのつぶやくひと言が、この映画を象徴している。私たちもこれが現実のものとはにわかには信じられないでいる。

旅先で出会うプロレスラーたちは有名無名問わずみな輝いている。急きょ呼び出され、わけもわからず公園や神社の境内や、押し入られた自分のリビングで戦う。そしてその戦いが終わるとみな、日常へ帰っていく。じゃあね、と言って別れる彼らの背中にはそれぞれ人生がある。以前にも書いたが、プロレスラーとはレスリングシューズとタイツを持って全国を回りながら旅をするのが仕事で、プロレスキャノンボールは彼らの人生を早回しで見せてくれている。どんな相手とも二度と同じ試合はなく、ひとつひとつの試合が一期一会なのだ。そのプロレスの持つ美しさと切なさがたっぷりここには詰まっていて私たちの胸を熱くさせる。

どんな旅にもゴールがあり、どんな物語にもエンディングがある。ところがこの旅は終わらなかった。終わらなかった旅の終わりに交わされる言葉のひとつひとつが粒だっている。そしてこの日も最後に現れた、「きっとこれまで何をやっても上手くいかなかったんだろうな」と思わせる人に与えられる特命と、彼の迷い。

そして一ヶ月後。大船渡で私たちを迎えてくれる彼の表情に私は一番泣けた。明らかにあの悔しさと迷いと悩みと劣等感にまみれていた彼とは違う男がそこにはいた。その約束の地、大船渡で彼がどう過ごしていたのかはその映画では描かれない。けれど、誰ひとり知り合いがいないその地でそのレスラーは過ごし、仮設住宅を廻って自分がプロレスラーであることを説明し、今度大船渡で無料の興行があるから来て下さいね、と言って廻ったのだ。みんながきっと親切にしてくれて、馴染みの定食屋さんでご飯を大盛りにしてもらったり、中学生と一緒にプロレスについて語り合ったりしたのだ。この一ヶ月で彼は生き返った。大船渡の人たちの優しさが、彼に自信を与え、大船渡の興行を成功させるための責任感が、彼の劣等感を取り払った。それは何一つ説明されない。けれどもその彼の雲が晴れたようなすっきりとした表情が、何よりもこのひと月の充実と成長を物語っている。その映像の力強さに圧倒される。

今回は選手たちをよく知る4人のカメラマンがレースの道中から最後の興行までをずっと追いかけた。その丁寧で心のこもったカメラワークが、喜びや怒りや悲しみや安堵、たくさんの表情を映し出している。大船渡の興行でも会場の片隅でもくもくとトレーニングをする英雄、その英雄が思わず椅子から立ち上がる姿、怪しい双子に水をかけられて泣く子供、そしてその子供がメインイベントで声援を送る姿、喜ぶおじいさんおばあさん、熱狂する中学生、ひとつひとつのシーンが本当に愛おしい。

大会がどうやら大成功に終わりそうで、試合を終えた選手たちがリラックスした笑顔でメインイベントを眺めている中で、ひとりだけ泣いている選手がいる。それに気づき、またみんなが笑う。なんてこの人たちは素晴らしいのだろう。なんてプロレスのひとことで結ばれた絆はこんなにも私たちの琴線を揺るがすのだろう。

ものすごく笑ってものすごく泣いた。そして本当に、心の底から震えるような勇気が沸いた。プロレスキャノンボールのレースでもそうだったけれど、人生って案外不公平だし、努力したってどうにもならないことが結構ある。自分では正しいと、良かれと思ってしたことが全く認められないこともある。でも、誰かが自分を必要としてくれて、いいよ、頑張って、応援するよ、って言ってもらえて頑張れる。この映画はひとりのレスラーを再生させ、そしてマッスル坂井という稀代の映画監督を誕生させた。あの頃出来なかったことをマッスル坂井は全部やってのけた。しかも笑顔で。こんなに嬉しいことがあるだろうか。

プロレスを好きな人にはもちろん見て欲しいし、どうかプロレスやDDTを知らない人にもこの映画が届いて欲しいと切に願っている。仲間や生きること生き続けることへの最大の賛美がここには詰まっている。


ここからは2度目に観た感想を。
1度目の時にはそのめくるめく人間関係に圧倒されていましたが、今回改めてプロレスの試合自体がとても面白いことに気づきました。4チームがあちらこちらでゲリラ的に行った試合は全てが見られるわけじゃないけど、スターダムの事務所で鈴木みのる選手に対峙するコグマ選手のまっすぐな瞳、市ヶ谷のマットの上で坂口征夫選手に食らいつく「ことり」選手の気の強さ、どこで何をやっても全てをもっていってしまうご兄弟の魅力的なことといったらなかった。そして集まってきているお客さんの楽しそうなこと!画面のすみずみにまで素敵な顔が溢れている。プレビューで何か言い合っている時に、発言していない選手たちがどんな表情をしているか。何度か観ると気づけることがたくさんあるんじゃないだろうか。
あと、試写ではなく、映画館のスクリーンで見ると、知った人たちがスクリーンにたくさん映し出された時に単純に感動しました。すげえ、映画スターだ!って感じで。
とにかくいい顔がたくさん溢れています。これからまだまだ全国にこの輪が広がっていくのかと思うと嬉しいです。
皆さんと、また感想が分け合えたらなと思っています。

※今後の上映スケジュールについてはこちらの公式サイトをご覧下さい。ライブ・ビューイング・ジャパン : 映画「劇場版プロレスキャノンボール2014」