天龍さんが飲んだ世界一美味しいビール

sayokom2015-11-15

天龍源一郎選手が引退した。「お腹いっぱいのプロレス人生」を走り切り、現在進行形の最先端を突っ走るオカダ・カズチカに何度も吹っ飛ばされ、歯を食いしばって立ち上がり、そしてボロボロになりながらも最後は自分の足でリングを降りた。本当に、カッコ良かった。

志半ばでこのリングから去り、そしてありがとうもさようならも言えなかったレスラーが幾人もいた中で、2年前に小橋建太選手が引退試合をやり、10カウントゴングを鳴らし、笑顔でリングを降りられたことに私たちは心から感謝した。小橋建太にありがとうと、さようならが言えて良かったと心から思った。

今日改めて天龍さんの引退試合を見届けることが出来て思う。そのキャリアが長かろうが短かろうが、レスラーがどうか自分の意志でリングを去る決断が出来ますように。そして自分の足で笑顔でリングを降りることが出来ますようにと。

同時に思う。レスラーを応援する私たちは、彼らが初々しい頃も、上昇志向に燃えている時代も、人気も実力もある絶頂期も、そしてやがて年を経て身体が若い頃のようには動けなくなったとしても、それを見届けたい、と。どうか見届けさせて下さい、と強く思ったのだ。

何一つ言い訳も泣き言も天龍さんは言わなかったけれども、天龍さんは思うようにならない大きな身体でもがくようにオカダ・カズチカに向かっていた。パワーボムも上がらない。延髄斬りも低い。でも、それでも天龍さんはそのリングで、必死で勝とうとしていた。しがみつくように勝とうとしていた。そんな天龍さんに「天龍、今が一番かっこいいぞ!」という声援が飛んだという。

天龍さんの試合、見届けました。今は1度受け身を取り、立ち上がるだけで、相当な体力の消耗をするはずなのに、何度も叩きつけられその度に立ち上がりました。延髄蹴りが出た時は泣いてしまいました。 その時だったか「天龍、今が一番かっこいいぞ!」声援が飛びました。同感です。藤田ミノル @Tgurentaifujit 21:12 - 2015年11月15日
https://twitter.com/Tgurentaifujit/status/665864984316899328

何度目かに遂にレインメーカーが決まり、3カウントが入った時に、そのカウントを自らの手で叩いた海野レフェリーが天を仰いだ。元はといえばプロレス大賞のMVPに関するオカダ選手の発言に噛みつき、実現した今回の顔合わせだったけれど、気づけばオカダ選手のセコンドには当然外道選手がいるし、今は新日本のメインレフェリーであるレッドシューズ海野さんがプロレスラー天龍源一郎介錯をした。天龍選手の歴史を思えば、これ以上ない顔合わせだった。

シンプルな引退セレモニーを終えてバックステージに戻って来た天龍さんは、身体は非常にきつそうだったけれど表情は穏やかだった。コメントの最中で、テーブルに並んだ缶ビールをひとくち、本当に美味しそうに飲んだ。あんなに美味しそうにビールを飲む人の姿を、私は一生忘れないと思う。私が生涯見てきた中で、断トツで美味しそうなビールだった。正直そんなに冷えていなかったと思うし、天龍さんはもっと高くて珍しいお酒もたくさん飲んできたと思うけれど、きっとこの先もあのビールにかなうお酒はないんじゃないかなと思わせるほどに、天龍さんは美味しそうに飲んでいたのだ。

偉大なプロレスラーであり、そして最高にカッコいい実の父である天龍源一郎の引退興行を立派に終えた紋奈代表は、「少し休んだらまたバリバリ働いてもらいます」と笑顔で語った後で、言葉を詰まらせてこう言っていた。

「今日天龍源一郎の試合を見た人が、また明日もプロレスを見ようと思ってくれたら、一番嬉しいです。」

その言葉がとても染みた。今日は全11試合、メジャー、インディー、ローカル、女子、本当に様々な選手が試合をした。両国国技館のような大きな会場で試合をするのは初めてだ、という選手もたくさんいたと思う。天龍源一郎はリングを降りても、プロレスは続いていく。天龍がいなくなっても、プロレスを応援して下さい、というメッセージを、今日のこの興行から私たちは受け取ることが出来る。

以前、トークショーでご一緒した時に天龍さんがこう言っていた。

「一日が終わって寝る時に、天井を見て『天龍源一郎、今日も頑張ったな。お疲れ様』と言ってあげるんですよ。皆さんも是非それをやって下さい。こんな時代ですから、最後に自分にお疲れ様って言ってあげられるのは自分しかいないんですよ」

今日はいったいどんな気持ちで天龍さんは自分に「お疲れ様」と言っただろうか。お腹いっぱいのプロレス人生を悔いなく走り抜いて、穏やかな休息が天龍さんのもとに訪れているといいな、と思う。

そして私も、いつか天龍さんのように本当に自分自身に「お疲れ様」と言える日が来るように、そしてあれほどまでに美味しいビールが飲める日が来るように、戦っていかなくちゃいけないんだなと思ったのだった。