カモン、芦野!

sayokom2017-09-08

9月2日WRESTLE-1横浜文体大会メインイベント、WRESTLE-1チャンピオンシップ芦野祥太郎vs黒潮"イケメン"二郎戦。試合が始まってほどなくすると、不思議な歌声が聞こえてきた。

Come on Ashino,
Come on Ashino,
Come on Ashino!

プロレス会場で聞き慣れないその響きは、実はアーセナルというイングランドのサッカーチームの応援歌、チャントだった。
王者である芦野祥太郎は、そのアーセナルというチームをこよなく愛している。芦野はアーセナルファンが集う集まりにも時折顔を見せていて、ある時はチャンピオンベルトを持って参戦し、大いに会場を沸かせ、サッカーファンを喜ばせていた。気軽にチャンピオンベルトを肩にかけてアーセナルファンと写真撮影をする姿はとても頼もしく、みな初めて間近に接するプロレスのチャンピオンと、チャンピオンベルトを誇らしげに囲んでいた。そしてそんなアーセナルファンが芦野を応援しようとこの日、アーセナルのユニフォームを着込んで横浜文体にやってきて、芦野を応援するためにアーセナルのチャントを歌っていたのである。偶然ではあるが、アーセナル、という言葉の響きと、芦野(あしの)、という言葉の響きはよく似ている。本来ならば「カモン、アーセナル」と歌うところを「カモン、アシノ」と彼らは歌っていたわけで、芦野はとてもそれを喜んでいた。

ところでアーセナルというサッカーチームは、とても繊細でロマンチックなチームだ。Jリーグ初期に名古屋グランパスで監督をしていたので日本でも比較的知られているアーセン・ヴェンゲルという監督が、ここ20年チームを率いている。繊細、と言えば聞こえはいいが、勝ちきれない。プレミアリーグというイングランドトップリーグではここ13年優勝していないし、今季(プレミアは8月から新シーズンが始まる)は遂に、ヨーロッパの優秀なチームばかりが集まるチャンピオンズリーグという世界最強リーグ戦の出場権を逃した。シーズン前の補強にも問題が多々あって、出だしとしてはいろいろ最悪だ。

まあそんなチームを私もここ9年くらい地団駄を踏みながらも応援し続けているのだが、芦野がアーセナルファンだと知って実は非常に不思議な気がした。芦野祥太郎といえば、武闘派で、強さを信条としていて、先輩にも臆さず物を言う。そんな男らしい芦野が、美しいが脆い(ように見えてしまう)アーセナルを応援し続けているのは何故なんだろうと思っていた。

その答えは発売中の、丸ごと一冊アーセナル特集の footballista Zine Arsenal に掲載されている芦野祥太郎インタビューをぜひ読んで頂きたいのだが(わたしがインタビュアーを務めさせて頂きました)、とても興味深いくだりがあったので引用したい。

ーそもそも非常に男らしい芦野選手が、どちらかというと繊細なアーセナルというチームを応援しているのがちょっと意外な気もしますが。
確かにそうですね。なんででしょう、わからないです。でもサッカーのプレースタイルとか、ヴェンゲル監督の生き方に惹かれているんだと思います。
ー芦野選手の中にそういうロマンチックな部分があるんですね。
あるんです、僕にもそういうロマンチックな部分があるんですよ。プロレスにも美しさを求めているんです、芸術性を。
ー確かに勝つことの最短距離を競うならば芦野選手もプロレスではなく格闘技を選んでいたかもしれませんね。
だったら総合格闘技をやると思います。プロレスの何に魅力を感じているっていったら、受けの美学じゃないですか。いかに相手の技を綺麗に受けて、その上で自分が勝つ。そこが、シーズンを通したらアーセナルもそんな感じなのかもしれませんよね(笑)。

9月2日横浜文体のリング上で、芦野祥太郎黒潮"イケメン"二郎の全てを受けとめようとしていた。序盤、試合の主導権を握っていたのは明らかに芦野だったが、会場の空気を掴んでいたのはイケメンの方だった。そもそも入場から影武者をたくさん用意して、ぴかぴか光るバランススクーターに乗って、福山雅治のHELLOでたっぷり時間をかけて入場してきたのは挑戦者のイケメンで、王者の芦野はいつもどおり、アーセナル同様芦野が愛するメタリカのFuelに乗せて、飾り気もなくベルトを腰に巻いて花道をのしのし歩いて入場した。どこからどう見ても正統派の芦野vsトリックスターのイケメン、という図式だったけれど、かつて芦野はイケメンのことを「彼は天才で、天才が練習するのが一番怖い。自分は凡才だ」と言っていたことがある。芦野はたぶん誰よりも、イケメンのことをプロレスラーとして認めていたし、そのスタイルを尊重もしていたんだと思う。

文体の2階席の手すりをするする歩いたと思えばそこからケブラーダするイケメンを、芦野は全身で受けとめた。ダメージは大きかったけれどそれが彼のイケメンへの、プロレスへの、そしてWRESTLE-1という団体への愛情表現だった。そして30分を超えるロングマッチとなった終盤、芦野はイケメンのお株を奪う美しいムーンサルトを放ち、かたやイケメンも、芦野のお株を奪うジャーマン・スープレックスをロコモーションで決めてみせる。27歳vs24歳、若い2人のプロレスへの情熱が、眩しかった。

そして試合は芦野が何度目かにようやくリング真ん中でがっちりと極めたアンクルロックにイケメンがタップアウトし、王者が防衛。よれよれになって万雷の拍手を浴びて引き上げていくイケメンに、芦野は「イケメン、まだ帰んなよ。俺とお前にしかわからないことがあるんだよ」と声をかけた。ありがとうなんて言わなかったけれど、それはどんな感謝の言葉よりもあの場で胸に染みたし、試合後にWRESTLE-1への愛情を涙ながら(本人は泣いてないと言っていたけれど)に言葉にする芦野はとてもロマンチックだった。

アーセナルは時に、芦野が言う通り強い相手の攻撃をめちゃくちゃに受けまくってめちゃくちゃに負ける。けれどこの日芦野祥太郎は負けなかった。アーセナルが歩けなかったチャンピオンとしての道を、これからも芦野は歩き続ける。

アーセナルを見ていてプロレスに生かせることはありますか?」という私のありきたりな質問に、「そういう目で見ていないので。昔からいちサポーターとして応援していたので」と答えられて恥ずかしく思ったのだが、芦野がきっかけでプロレスを初めて観戦しただろうサッカーファンがこの日間違いなくいただろうし、プロレスの面白さや奥深さに触れた人もきっといただろうと思う。好きなものや応援するものがあるのは人生にとって楽しいことだ。時にうんざりするようなことがあっても、勝った時にはその何倍も嬉しいし、喜べる仲間がいたらもっと、嬉しい。

アーセナル本のインタビューで芦野は海外のサッカーファンが選手の名前や顔をタトゥーにして彫っているのに驚いた、という話をしながら、「でも僕ヴェンゲル(監督)の顔のタトゥーなら腕に入れられますよ」と言ってWRESTLE-1の広報の人に「やめて下さいね」とやんわり言われていた。引退したら、アーセナルメタリカのロゴを両腕に入れたいんだそうだ。でも、まだそれはずっと先の話のことになるだろうし、そうであって欲しいと願っている。

※冒頭の写真はもちろん芦野祥太郎選手と、芦野選手がいま一番好きで髪型も一緒にしているアーセナルの12番、オリヴィエ・ジルー選手。

footballista Zine ARSENAL

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