飯伏幸太、たったひとりのG1クライマックス初優勝

飯伏幸太G1クライマックスを優勝した。あの銀色のテープが舞うなかで飯伏が両拳を天に突き上げている様を目の前で見ても、なんだか現実とは思えなくて心が落ち着かなかった。

 

今年のG1で飯伏幸太は苦しんでいるように見えた。勝敗の数字以上に、身体と心がなかなか一致しなくてもがいているような感があった(実際はどうなのかはわからない)。それは初戦で怪我をした左足首のせいだったかもしれないし、新日本に入団して目に見える結果を残さなければいけないという使命感だったかもしれない。

 

勝戦の相手はジェイ・ホワイト。初対決だし、どちらが勝っても初優勝だ。そして2人が向かい合って今更ながらに驚いたのは、ジェイは飯伏よりも10歳も若いということだ。いつの間にか飯伏幸太は37歳になっていた。

 

しかしジェイは巧い。そのファイトスタイルは若々しさや破天荒さを売りにしない。驚くほどに冷静で、的確で、緩急のつけかたが見事だ。凄い選手だなと思う。

 

果たして優勝決定戦もジェイは飯伏をすかし、じらし、嘲笑した。キャリアわずか6年、G1出場2回目で優勝決定戦進出も初めてとは思えない戦いぶり。そんな中でも息を呑んだのは、ジェイが茶化すかのように飯伏の頬を張るか張らないかの瞬間に、マッハの早さで殴り返されて倒れたシーンだ。何が起きたのかわからなかった。

 

終盤のブレードランナーとカミゴェを巡るめくるめく攻防を制して、飯伏幸太は遂に、G1クライマックスを制覇した。初めてG1に参戦してからもう6年が経っていた。

 

トロフィーを受け取り、優勝旗を受け取り、マイクで喜びを伝え、銀のテープを全身で受けとめ、ファンと喜びを分かち合って花道を退場する。這うようにバックステージに戻ってきて、絞り出すようにコメントする。嬉しいですよ、皆さんにわかりますか?さいっこうに嬉しいですよ、最高に、最高に、とうわごとのようにつぶやきながら目の前の瓶ビールを1本ずつ机の上に並べ出す。取り囲んだマスコミ陣に不安な空気が流れる。と思ったら、

 

「乾杯しましょう!」

 

と。カメラマン、メモを取る記者に無理矢理ビールを渡し、乾杯しましょう!と。繰り返すが瓶ビールでその場に栓抜きはなく、どうするのかと思ったら無理矢理飯伏は素手で王冠を抜いたらしく、瓶を受け取ってしまったマスコミ勢にしても当然仕事中だしそもそも素手で王冠を外すようなことは出来ないのでなんとなくみんな「か、かんぱい」と言ったふうに瓶を手持ちぶさたにしていたらなんとビールを一気のみする飯伏幸太

 

飯伏らしい、と言ってしまえばあまりに飯伏幸太らしい振る舞いではあるのだけれど、何だか少しいたたまれない気持ちもあった。思えば前日、優勝決定戦の相手がジェイに決まり、1vs1で戦おうぜ、と言われたそばから襲われて椅子で滅多打ちにされて誰も加勢に来なかった時から飯伏幸太はひとりだった。優勝戦にジェイはバレット・クラブのメンバーを大勢引き連れて、つい先ほど加入したばかりのKENTAまで付けてきたのに飯伏のコーナーには誰もいなかった。優勝して、喜びの声を伝えて、トロフィーを掲げる傍らにも誰もいなかったし、バックステージに瓶ビールは並んでいたけれど誰も「飯伏さん、優勝おめでとうございます。乾杯!」と言ってくれなかったしビールをかけてくれる人もいない。でも乾杯はひとりでは出来ないから、飯伏は残る力を振り絞ってせいいっぱいの気持ちでマスコミにビールを配って乾杯したんだろう。

 

最後まで1人で心細くなかったか、との問いに

 

「いや、僕はずっと1人です。というのはもうやめましょう。いや、寂しすぎました。1人ですよ?」

 

と答えたのは、たぶんどちらも本心なんだと思う。前日だけでなく、このシリーズずっと、いや新日本に入ってから、もしかしたらそのずっと前から飯伏幸太はひとりで戦っていたのかもしれない。プロレスは個人競技だけれど団体競技だ、とはよく言われることだけれど、リングに上がって戦うのはそれが例えタッグマッチであろうが1人だから。

 

G1クライマックス優勝の美酒を味わうことが出来るのは、たった1人だけ。確かに20人の出場選手、その何倍もいるスタッフ、その何万倍もいるお客さんと一緒に走り抜いた2019年の夏だけれど、最後に勝ち残ったのはたった1人、飯伏幸太だけ。飯伏はその恍惚と引き換えに、この日ひとりでその美酒を味わうことになった。

 

振り返れば開幕戦のダラス大会から、本当に面白いG1クライマックスだった。ランス・アーチャーの大爆発があり、ウィル・オスプレイの精度と的確さに息を呑み、ザックの関節技にしびれBrexitへの憂いに共感した。モクスリーの華と時折見せる可愛さ、石井智宏の説得力、SANADAのコンディションの良さとオカダの圧倒的な安定感、そして最後の最後に最高の笑みを見せたKENTA。

 

今回、飯伏幸太はひとりでその栄冠を勝ち取ったけれど、これからも続いていくプロレスの旅の中で、また良い相棒を見つけることもあるだろう。懐かしい再会もあるかもしれないし、新しい出会いもきっとある。ひとりでも旅は出来るけれど、せめて嬉しい時に一緒に乾杯をしてくれる相手が、この先、飯伏幸太に寄り添ってくれるといいなと思っている。

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