あれから1ヶ月


サバ、サバがそちらへ行ってしまってから今日で1ヶ月が経ったよ。あっという間だった、と言いたいところだけれど正直ものすごく長く感じたひと月だった。のろのろと重く、とても寒く、時間はゆっくりと過ぎて、ようやく1ヶ月。でも、たくさんの人から暖かいメッセージを頂いたり、サバの似顔絵を描いて下さった方もいらしたりしてとてもありがたかった。私は猫は、というか特にサバは媚びてなくて真顔なのが一番可愛いと思ってるんだけど、その真顔のサバの特徴がすごくよく捉えられていて、私たちは泣きながら笑った。本当にありがとうございます。

 

前へ進まないといけないからいろいろ片付けるつもりだったけれど、結局サバ専用の爪研ぎと化していたボロボロの青い巻いたままのヨガマットも、サバの食器も、サバの薬ですら捨てられてない。サバしか上がれない天袋の襖も開いたままだし、クローゼットの上の段のサバの寝床だったバスケットもそのままにしてあるよ。だから夜中にこっそり爪研ぎしにきたり、水を飲みにきたりしてもいいんだよ。

 

タビは元気にしてる。元気だけど今まで以上にやたらかまって欲しがってる。ひとりでキャットタワーのてっぺんまで登っては私たちを呼びつけるのを何度も何度も繰り返してる。かと思えば、夜中はひとりで遊んでる、これまでそんなことなかったんだけど。いつも通り寝る時は私のベッドに潜り込んで寝るんだけど、夜中にふと思い出したように出て行って、ひとりでおもちゃ引っ張り出して遊んでいたり、突然家中を走り回ったりしてる。寂しいのかな、と思ってたんだけど、もしかしたらタビにはサバが見えてるんじゃないかなあ。そうだといいなと思ってる。私にもサバが見えたらいいんだけど。

 

健康が取り柄の私だったけれど、実はこないだ初めて人間ドックで再検査の通知が来て、サバのことがあってから命ってこんなにままならないものか(当たり前のことだけど)と儚んでいたし、もしかしたらサバが呼んでるのかなとも思ってたんだけど、再検査の結果はこれがまたなんでもなかった。サバのせいにしてごめん、サバ別に全然私のこと呼んでなかったね! 頂いた命を大切に、健康と安全に心を配ってこちらの世界でもうしばらく頑張ってみるよ。

 

月命日だったからサバの好きな白身の、ちょっといいスーパーのお刺身をお供えしたけどそっちに届いたかな。もちろんその後は私たちが美味しく頂きました。サバの「えー」って顔が見えるようだよ。お刺身、という言葉とか小皿とか醤油だけで鋭く反応するところとか、長くお風呂に入ってるとガラス戸をガリガリするのとか、朝のんびり寝てると髪の毛引っ張って起こしにくるサバがいなくて張り合いがないよ。でも、こないだ朝方に、タビが寝てる側じゃない、サバがいつも上がってくる側から何かがベッドに登ってくる気配がなんとなくあって、とても懐かしい気持ちになった、寝ぼけていたけれど。

 

大切な存在がいなくなった時に「心にぽっかりと穴が開いたような」っていう言い方をよくするけれど、私にとってそれは穴じゃなくて、「サバの不在」っていうものすごく大きな存在感を常に感じ続ける、ということなんだなってようやくわかった。不在という存在感ってそれちょっと意味がわからないんですけど、って感じだと思うけれど、この1ヶ月ずっと考え続けてきてそういう表現が一番私にとってはしっくりくる。だからそれをこれからもずっと心に抱えていくんだと思う。

 

また手紙書くよ。お手紙なんてサバに書いたことなかったけど! またね。