30年前の僕らは胸を高鳴らせて「LIFE」を聴いてた


「LIFE」をどういうシチュエーションで初めて聴いたか、というのははっきりと覚えていて、それは静岡のキャンプ場のコテージに置かれた赤いCDラジカセからだった。当時わたしは静岡のテレビ局でアナウンサーをしていたのだけど、キャンプに連れて行ってもらったり一緒にスキーに行ったり遊園地に行ったりするグループがあって、そのメンバーでキャンプに行った時に誰かがCDとラジカセを持ってきたんだと思う。爽やかな山の中で聴いた楽曲はどれも最高に素敵で、街に戻ってきて私はすぐに静岡のタワーレコードでCDを購入した。以来30年、私はこのLIFEを聴き続けている。

 

私にとっての小沢健二は本当に「LIFE」からなので、そこから戻って「犬」も買った。いわゆる渋谷系と呼ばれる音楽の全盛期に私は静岡にいたので、オリジナル・ラブもクレモンティーヌも、渋谷系からは離れるかもしれないけどカーディガンズもスキャットマン・ジョンもみんな静岡のタワレコで買って、初めての愛車だった赤いシビックを運転しながら聴いた。

 

そして2024年、LIFE発売から30年だっていうのがちょっと信じられない。LIFEからいとしのエリーが15年前で、LIFEから今までが30年という時間の単位が自分の中で軽くバグるけれど、同じ時間が小沢健二さんにもファンの私たちにも流れて、8月31日を迎えたということだ。

 

とても多幸感に満ちたライブだった。私たちも、オーケストラやバンドの皆さんもスチャダラも、そして何より小沢健二さん自身がとても楽しそうに演奏しているのが良かった。LIFEをオルゴールから逆の曲順でやりますよ、と宣言した時にみんな「オルゴールの次は仔猫ちゃんでしょ、その次がぼくらが旅に、次はブギーバック」とすらすら言えたこと、そしてその全ての楽曲の全ての歌詞を3番もコーダも全部みんなそらで歌えること、その事実に自分たちもそして小沢さん自身も驚いたしちょっと感動したんじゃないかという気がする。

 

2010年の「ひふみよ」以降のライブでは、その時々の環境や小沢さん自身の気持ちによってLIFEの楽曲のアレンジや歌詞をちょっと変えたりしたこともあったけれど、今回は本当にLIFE「再現」だった。曲の合間の合いの手やかけ声、スチャダラのラップも全くオリジナルのままだった。それが1994年から2024年の時を経てもひとつも色褪せず輝かしく、粒立って美しいのが本当に凄いと思う。なんて完成度の高い作品たちだったんだろう!

 

ライブ後に今回も一緒に参加したオザケン仲間と「今日どこで泣いた?」みたいな反省会をして、いきなり流れ星で泣く人、ブギーバックで泣く人、ずっとニコニコしてましたという人、いろいろいたけれど、私が今日イチ泣けたのは楽曲ではなくてライブで途中に入ってきた男性を見た時だった。

 

その人はもうライブの中盤以降、覚えているけどドアノックの時に慌てた様子で武道館の2階にやってきた。係員に案内されてちょうど私の2列前の席までたどり着くと椅子にも座らずあの座席に置いてあった歌詞カードもそのままに、いきなりノリノリでドアノックダンスを踊っていた。それがなんかもうものすごく泣けた。

 

ご存じの通りみんな台風に振り回されて、武道館までたどり着けなかった人もたくさんいたはずだ。その男性は台風のせいなのかどうかはわからないけれど、とにかくなんとか武道館に来ることが出来て、ライブはとっくに始まっていたけれど来た瞬間から全力で楽しんでいた。ああ、この人がここに来ることが出来て良かったな、と思った。ドアノックから5曲+α、思いっきり楽しんでいたと思う。

 

ライブの終盤になって、あの当時、LIFEがあまりに売れてちょっといろいろ追いつかなくて逃げた時期もあった、と小沢さんはシンプルな言葉で語っていた。でも帰ってきてくれてありがとう。小沢さんも私たちもみんな、30年を迎えられて本当に良かったよね。みんなおめでとう。

 

次の30年後は2054年、と小沢さんが言ってちょっと気が遠くなったけれど、どうかみんな元気でいて欲しい。私たちも、みんなも。そしてまた心をギュッとつなげあいましょう。