さくらえみは恐ろしいひとだ。いや、わかってはいたけれど、改めてその恐ろしさに畏怖した、東京女子プロレス9.22幕張メッセ大会の第6試合、さくらえみvs中島翔子の一戦だった。
努力のひと中島翔子と、開拓者のさくらえみ。事前にこの試合とお互いについて尋ねたところ、さくらさんは中島選手についてこう評した。
「中島さんについて、誰よりも努力家だということはわかっています。私はどちらかというと隙間をみつけて要領でやってきた部分があるので、努力しても届かない世界があるということ、そしてたどり着いてしまった先から何をやればよいのかを見せつけたいです」
うわ、こわ!と思った。努力しても届かない世界、こんなに恐ろしいことがあるだろうか。
中島翔子選手は誰もが認める努力家だ。私も何度も書いてきたし、解説でも繰り返しお伝えしてきたけれど、誰よりも道場にいて練習し、技術を磨き、プロレスについて考えてきた。そのルーティンを壊すことに不安がある、とも話していた。自分で自信が持てるまで、安心できるまで準備をするのが、中島翔子というひとだ。
一方、さくらさんの行動にはこれまで何度も驚かされている。子供向け体操教室からキッズレスラーをデビューさせた時も、自分で作ったアイスリボンを離れた時にも、タイにプロレス団体を作った時も、本拠地をアメリカに移した時も毎回驚いたけれど、さくらさんがどれくらい計画的に準備していたことなのかはわからない。ついこないだも我闘雲舞の団体名を(配信団体名の)チョコプロに統一します、と突然発表したけれど、スタッフや選手が狼狽する様子を見るにつけ、その瞬時の閃きによるところが多いのかなという気もする。
ゴングが鳴って、いや鳴る前からリング上を支配していたさくら選手。中島選手の動きを、そしてみんなの視線を釘付けにする。グラウンドで一瞬中島選手の顔をかきむしって油断させる。動きの速さで自分の流れを掴みたい中島選手なのに、さくらさんがクイーンのリズムで取り戻してしまう。重く鋭いチョップが中島選手の胸を切り裂く。
中島選手の動きの速さは言うまでもないけれど、さくらさんの瞬発力がまた凄いのだ。基本的にはゆったりと、でも確実に空間を支配するさくら選手だけど、ロメロスペシャルに行く時、ケブラドーラに行く時、そしてラマヒストラルに入る瞬間の驚異的な速さと勢い。見ている側もあぶない!と叫んでしまう決定力とタイミング。
中島選手のダイビングセントーンを阻止してのクイーンズギャンビットで、2024年9月22日、さくらえみは中島翔子から完璧な3カウントを奪った。実況の村田さんや私はもちろん、さくらさんの試合をおそらく始めて見ただろうゲスト解説の谷真理佳さん、中西智代梨さんも言葉を失うほど、圧巻の勝利だった。
実況席も会場もしばらくはその余韻にざわざわしていたけれど、本当におそろしいのは更にバックステージだったことを私は大会終了後に知った。
悔し涙をこらえてコメントする中島選手のもとに乱入して、さくらえみ選手は高笑いしながらこう言ったのだ。
「勝つ気だったって? あんた笑わせるんじゃないわよ。泣いちゃってるんじゃないの。中島は負けて悔しい感情を出してるつもりだけど、本当は負けて嬉しいのよ。負けてまた次の課題が見つかって、私が頑張れる目標が見つかって、本当は嬉しいのよ。中島が努力したら必ず報われるっていう言葉をプロレス人生賭けて証明してくれるんじゃないかなって思います」
#tjpwWP5 試合後コメント🎙
— TJPW 東京女子プロレス (@tjpw2013) 2024年9月22日
中島「11年前の自分ならチャレンジの気持ちが強かったんですけど、私は勝つ気でぶつかったつもりです(涙)」さくら「勝つ気ですって? アンタ、笑わせるんじゃないわよ! なんで里村さんとタッグなんて組んじゃってんのよ! フザけんじゃないわよ!」#tjpw pic.twitter.com/CsfBAVarXN
自分に負けて悔し涙を流す、18年も後輩の選手に試合直後にかける言葉がこれである。
でもこれは、中島翔子というひとをものすごく的確に、痛いところも含めて、突き刺す言葉なのかもしれないと思った。努力する目標があるから中島翔子選手は強くなった。キャリア10年を越えて、自分に負けたことでまた新たな課題が見つかって、やるべきことがあってあなたは嬉しいでしょう、あなたはきっとそういう人でしょう、とさくらえみは中島選手に言ったのだ。そして本当にたぶん、中島翔子というのはそういう人だ。
リングを降りても中島翔子とさくらえみの戦いは続く。中島翔子は努力が報われることをプロレスを続けることできっと証明してくれるだろうし、さくらえみは誰も見なかった道を切り拓き続けるだろう。東京女子の一期生として、誰も先輩がいない中でプロレスラーとして団体を牽引してきたひとりである中島翔子選手に、10年を越えたところでこういうとんでもない先輩が立ち塞がっていることを、とても楽しく、たのもしく思っている。