目に、耳に、心に突き刺さる格闘探偵団 ~10.23格闘探偵団2 新宿より愛をこめて


バトラーツは青春みたいなプロレス団体だった。若いメンバーが集まって、強くなることにも楽しむことにも全力で、だからこそ面白くて、だからこそぶつかり合って、傷ついて、ばらばらになって、終わりを迎えた。バトラーツの旗揚げとサムライTVの開局は同じ時期だったから、当時まだよくわからない媒体だと思われていたサムライのことも、バトラーツは快く受け止めてくれてたくさん取材をさせて頂いた。

そんなバトラーツに間に合わなかった阿部史典というプロレスラーが、後期バトラーツを彩り最終的に団体にけじめを付けた澤宗紀選手きっかけでこの世界に入り、源流を辿って石川雄規選手に弟子入りし、同志となった野村卓矢選手と共にバトラーツの過去映像をすり切れるほど見て、練習して、いつか自分たちで格闘探偵団を復活させたい、とその時を待っていた。そしてようやく実現したのが、去年の興行だったのだ。超満員の新宿FACEで現在進行形のバトル&アーツを見せた阿部選手は、「自分の人生賭けて面白いと思っていたことを肯定してもらって、こんなに素敵なことはないなと思った」と去年を振り返る。

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そして迎えた1年後の今日。ラヴェルのボレロがかかる客入り中の薄暗い新宿FACEのリングで、石川雄規選手が若手とスパーリングをしている。こうして技術は紡がれていく。

第1試合は佐藤孝亮vs佐藤光留。去年のメインイベント、阿部史典vs野村卓矢の試合でセコンドに付き、試合後には試合をした当事者たち以上に号泣していたのが佐藤孝亮選手だった。「あれを見て自分は涙が引っ込んだ」という野村選手だったが、当時心身の不調で長く欠場していた佐藤孝亮選手の心を、深く強く揺さぶる試合だったのだろう。「涙を流すのはデトックスだから良かったと思いますよ」と野村選手は言っていた。

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入場してきた孝亮選手は、胸のバトラーツの「B」のロゴを誇らしげに見せつける。石川雄規選手から澤宗紀選手に、澤選手から阿部選手に、阿部選手から野村選手に手渡されたBのバトンが、孝亮選手の世代にまで受け継がれている。対戦相手は百戦錬磨かつ、野村選手曰く「信念があって、信じられないくらい図太い人」と評価する佐藤光留選手だ。そんな光留選手に必死で食らいつく。孝亮選手の痛みが、客席に伝わる。でも、その痛みは、苦しみは、リングに上がることが許されている者だけが味わうことが出来る痛みだ。去年は上がれなかったリングに、今年上がることが出来た孝亮選手だから、味わうことが出来た痛みだ。

試合後に「正直怖かったですよ」と痛む足を引きずりながら、孝亮選手はきっぱりと言った。「でも、去年出られなくて悔しい思いをして、今年誰よりも楽しんでいるのはこの私です。メインイベンターよりも」

セミファイナルは日高郁人vs藤田ミノルのシングルマッチ。二人でいま2本ずつシングル王者のベルトを持ち、何度目かの全盛期を迎えている。「相方タッグ」として一時代を築いたこの二人も、若き日々を一緒に越谷のバトラーツ道場で過ごした。かつて大切な一騎打ちをぶち壊され、二人で号泣したこともあった。今から25年も前のことだ。

かつては軽快でスピーディな連携や合体技が持ち味だったこの二人も、キャリアを重ね、歴戦のダメージもあるだろう。華麗さよりも、必死さ、泥臭さにむしろ心を揺さぶられた。若い選手には若い選手の、キャリアを重ねた選手には重ねてきたからこその必死さがあり、見るものの心を打つ。それでも倒れる時は前のめりだ。勝負が決してもなかなか起き上がれず、起き上がったとしてもなかなか立ち去りがたく、納得もできない。そんな二人の間に流れる空気が、ああ、こういう形の愛情もあるんだなと身もだえするほどに思う試合だった。

メインは阿部史典&石川雄規組vs野村卓矢&村上和成組。村上選手のあの入場曲の、展開が変わって入ってくる瞬間が好きだ。そして石川さんがめちゃくちゃ若返っている。去年の大会でも思ったけれど、一時期指導に専念されていた時には穏やかな雰囲気をまとっていたのが、いざ格闘探偵団のリング、となるとあの頃の燃える情念が蘇ってくるのか、当時のぬらぬらした感じが復活している。そういえば第2試合の原学選手も、え、タイムマシンに乗ってきたのかな?と思うくらい若々しくてびっくりしました。

阿部選手が「俺たちのアイドル」と呼ぶ石川vs村上は相変わらず色褪せることなく大人げなく、キリがないのでおじさんたちを引き離して代わって入ってくる阿部vs野村のキレとスピード感。極められたら痛いし、悔しいし、殴られたら痛いし、殴った自分も痛い、ということがストレートに伝わってくる。

試合は野村選手が阿部選手に勝って去年のリベンジとなった。27分を超える熱狂と恍惚の時間だった。

試合後に興奮もそのまま、野村選手は「俺を何度も引き留めてくれてありがとう。愛してるぜブラザー」と阿部選手に向かって叫んだ。阿部選手が引き留めてくれなかったら、野村選手は今ここにいなかったんだろうか。そんなの寂しすぎる。阿部選手、野村選手を引き留めてくれて本当にありがとう。

阿部選手は先人たちへの尊敬と感謝を述べつつ、一方で後輩たちへ「小さくまとまって張り合いがなくて困ってる」と苦言を呈した。気がつけば阿部選手も、下の世代を率いる役回りになっていたのだ。そしてこう叫んだ。

「俺たち、プロレス界に突き刺すために、身体張って命賭けてやってるんだよ!」

この言葉はそのまま心に突き刺さった。これだけの愛情と覚悟をもって命を晒して戦っている彼らに、どうしたら報いることができるだろうか。本当に、役に立ちたいと思っているのだけど。

阿部選手と野村選手が「十七歳の地図」で退場した後には、フランク・シナトラの「My Way」が客出しの音楽としてかかっていた。それを聴きながら石川雄規選手が「もう思い残すことはない」みたいなコメントを出しそうになったので、二人が慌てて元気づけるところまでが格闘探偵団だった。

「おそまつさまでした」と青木選手は言った ~DDT10.20後楽園大会


青木真也選手のことが怖かった。試合後のバックステージでいつもばっさりと対戦相手を斬っていて、KO-D無差別級王者の上野選手に指名された時でさえ「上野は弱い、上手だけれど強くない」とピシャッと言っていたので返す言葉が見当たらなかった。

そんな青木選手をタイトルマッチ前に「ニュース・スープレックス・タイガー」のゲストにお迎えした。緊張したけれど、いろいろなことが腑に落ちた。90年代の新日ジュニア全盛期のプロレスを見て育ったこと、中でもケンドー・カシン選手が大好きだったこと。猪木さんにはフェイスロックを教わったこと、そのフェイスロックで直後のONEの試合で勝利したこと。プロレスは誰にも習っていないこと、ずっと異物であり続けること。遠くに感じていた青木選手のことが、少し理解できた気がした。何よりも青木選手がプロレスをすごく愛していて、DDTのリングと選手たちを大切に思っているんだなということを。

そんな青木選手のこの日の対戦相手はHARASHIMA選手だった。HARASHIMA選手が名乗り出た時に青木選手は「ようやく来てくれましたね」と言った。これまでEXTREME級をかけて3度シングルを行い、コロナ禍には無人のさいたまスーパーアリーナで目隠し乳隠しデスマッチというとんでもないルールで試合をしている二人。HARASHIMA選手について「自分のグラウンドにも付いてこられる技術はあるし、キャリアがある分、自分が出来ることと出来ないことがわかっているので、防がれてしまうからやりづらい」と青木選手は言っていた。何かあったらHARASHIMAさんはやれる人だ、というのはDDTファンにとって、HARASHIMA選手に対する大きな信頼のよりどころとなっている。その上で青木選手は「年齢から来る衰えは当然あるはずだし」と言っていた。ここが肝だと思った。

HARASHIMA選手はずっと鍛えていてずっと元気で若々しくて前向きで、だからこそ「年齢から来る衰え」と言われるのが一番嫌なはずだ。そこを突いてくる青木選手はさすがだなと思う。案の定、調印式でHARASHIMA選手はムッとした表情を隠さなかった。

迎えた今日のタイトルマッチは素晴らしく面白かった。序盤のグラウンドで息をのみ、その緊張感を切り裂くHARASHIMA選手の裏フランケンに青木選手のトペスイシーダ。蒼魔刀に行くガッツポーズをフルネルソンで捉えられ、首もがっちり決まって逃げられずに3カウント。圧巻の14分間だった。二人とも、これぞプロフェッショナルのプロレスラーだった。

その後いつでもどこでも挑戦権を持った勝俣瞬馬選手が風のように飛び込んできて挑戦表明し、知育ブロックや机やラダーで大変な目に遭いつつベルトを防衛した青木選手の前にやってきたのはクリス・ブルックス。クリスも愛の人であり、青木選手もまたそうだ。次の11月4日の青木vsクリスのタイトルマッチは愛を計る勝負になる。

試合後に「あの蒼魔刀に行く瞬間は狙っていたんですか?」と尋ねたら「アピールするなって。プロレスするなって、勝負に徹しろって」と言われて、またちょっとドキドキした。

あと1年2ヶ月、まだ1年2ヶ月。~新日本プロレス10.14両国大会


それは突然の発表だった。新日本プロレス10.14両国大会第6試合、棚橋弘至デビュー25周年記念試合と銘打たれた試合後。ひとりリングに残った棚橋選手はマイクを持ち、再来年の1.4、2026年1月4日東京ドームでの引退を発表した。師匠でもある武藤敬司選手がかつて言ったように、「ゴールのないマラソン」であるプロレスに、自らゴールを設定したのだ。

ショックだったとか、悲しかったとかいうより、遂にこの日が来てしまったか、という思いが一番強い。棚橋選手が選手でありながら去年12月に新日本プロレスの社長に就任した時から、もっといえばレスラーでいる限りいつかは、引退の日はやってくる。あと残り1年2ヶ月という時間がまだまだなのか、あっという間なのか正直自分の中でもわかりかねるけれど、時間が経つにつれ、これは良かったんだな、という思いが強くなった。この決断に至るまで迷いもあっただろうし、もしかしたら未練もあるかもしれないけれど(後にインタビューで「未練はありますけれど」と答えていた)、棚橋選手が自分で引退を決めることが出来て良かったのだと。あと1年2ヶ月の間で全国を回る棚橋選手にまだ私たちは会える。この20年、プロレス界を先頭に立って引っ張ってきてくれた棚橋弘至選手に、プロレスを豊かに、明るく照らし続けてくれた棚橋選手に、感謝の思いを伝えることができる。そして願わくば超満員の東京ドームで、最後に自分の足で花道を下がっていく棚橋選手を、見送ることができるのだ。こんなこと書いてると寂しくなってしまうけれど、言うてもまだ1年2ヶ月ありますからね。棚橋選手がケガなく、元気で、あと1年2ヶ月を過ごせることを切に願っている。

突然の引退発表に「もったいぶってんじゃねえよ!てめえの引退は俺が決めてやる、なぜならこの会社は俺のものだからよ!」というジャイアンもびっくりのEVIL選手の横暴ぶり

メインでは内藤哲也選手を下し、ザック・セイバーJr.選手が遂にIWGP世界ヘビー級王者になった。ユニオンジャックが翻る両国大会は美しかった。初来日の頃は少年のようだったザックが、20年のキャリアの半分以上を日本のプロレスに捧げ、名実ともに頂点に立ったことは本当に嬉しく、素晴らしいことだ。言葉のひとつひとつもウィットに富んでいて思慮深く、かと思えばパンクで破天荒な一面もあり、仲間思いでクールなのに情熱的。今回の戴冠も、本人以上にTMDKの仲間たちが感慨深げで、涙を拭う選手たちもいた。G1の優勝の時は両国で見届けていた同郷のクリス・ブルックスは、この日試合があったDDTの熊本からSNSを通じてオレンジのハートを捧げていた。

 

そしてザックは満身創痍の前王者に向かってこう言った。

「内藤さん、心配しないで。ベルト獲りました。だけどずっと新日本のリングにいます。内藤さん、ムーチャス・グラシアス」

ベルト獲ったらどこか海外行っちゃうんじゃないの、と戦前に言っていた内藤の言葉を、そして少し不安だったファンの心を、ザックはこの言葉で完璧に癒してくれた。ザックが選んでくれる日本のプロレスが、誇らしいです。

バックステージでは仲間と心ゆくまで喜び合い、手首に巻いたテーピングを外して床に捨てようとして、「もうチャンピオンだからそういうことはしたらダメだね」と自分のタイツにそれをしまっていた。そんなひとつひとつの仕草も、絵になっていた。

ザックが描く新しいIWGPの世界を、そしていつかやってくる棚橋選手のいない新日本のリングを、思い浮かべながらプロレスは明日も続いていく。

ようこそ、おかえりなさい、ふく面ワールドリーグ ~みちのくプロレス10.11後楽園大会

イホ・デ・アレブリヘ選手がふく面ワールドリーグにやってきた!


みちのくプロレスのふく面ワールドリーグが7年ぶりに始まった。4年に1度開催されていたのが、前回2020年がコロナ禍で当然のことながら世界中からマスクマンが集まってくることが出来ずに中止となり、なんと今回が2016年以来8年ぶりの第7回大会となった。ドスカラスやアトランティスの優勝、カレーマンのインパクトやカリスティコの帰還など、いくつもの名場面を思い出す。

今回は11日の後楽園大会を皮切りに、フレッシュな16選手による3日間のトーナメントで行われる。名前ですぐわかる選手、名前を見てもさっぱり予想がつかない選手もふく面ワールドのお楽しみだ。

「初老ジャパン代表」として第5回大会以来の登場となったサスケさんは、沖縄からやってきたTiiDA選手を渋く脇固めで仕留めた。あの黒いニンジャコスチュームだったのが嬉しかった。

今回、参戦が発表されてとてもわくわくしていたのが、FREEDOMSで普段はデスマッチを戦っているビオレント・ジャック選手。佐々木貴選手がFREEDOMSの旗揚げから現在を振り返る中で、「296さんからルチャとデスマッチが出来るルチャドールがいるんだけど、って言われて半信半疑で呼んだのがビオレント・ジャックだった。ジャックが来てくれたことはダムズの歴史の中で本当に大きなニュースのひとつ」だとおっしゃっていたけれど、日本とプロレスとデスマッチを愛してくれて、日本に住んで戦い続けてくれているジャックには本当にありがとう、という気持ちでいっぱいだ。

そんなジャックの1回戦の対戦相手は、あのケンドーの親戚、というナギナタ。なるほど、ケンドーの親戚だからナギナタ、ということなんだけど、え、もしかしてナギナタが本当にナギナタを持ってきたらジャックとデスマッチになっちゃう?! とテンションだだ上がりしていたら、ふく面ワールドリーグのために番組にゲストにいらしてくださったサスケさんが「いえ、三田さんね、ケンドーも言うほど剣道じゃなかったですからね。竹刀持ってきたりしていなかったのでナギナタも薙刀は持ってこないタイプじゃないですかね?」と懇々と諭され、確かに、と冷静になったのは2週間前のこと。

確かに、ナギナタはナギナタは持って来なかったけれど、小柄で小気味の良い動きの選手だった。\ナギナタ!チャチャチャ!/の手拍子にジャックが上手な日本語で悔しがったりもしたけれど、15分では決着が付かず、再試合になったところでナギナタがケガをしてしまったのが悔やまれる。ナギナタ選手本人はもちろん、対戦相手のジャック選手も残念そうだった。

エル・パンテーラJr.選手はエル・パンテーラの息子で、エル・イホ・デル・パンテーラの弟さん。細身でシュッとしている。この日、スペイン語で入場式のリングアナウンサーを担当したモッキーこと元井美貴さんと、ルチャドールは世代が新しくなるにつれてみんな「シュッとする」よね、という話で大会後は盛り上がりました。入場式のモッキーのスペイン語、そして富山智帆さんの英語のアナウンスはとても華やかでカッコ良かったです。

来日をとても楽しみにしていたエル・イホ・デ・アレブリヘ選手。私は先代のアレブリヘ&クイヘのコンビが本当に大好きで、トリプレマニアで20年前だったか初めて見た時に「なんてカラフル!なんて動き!なんてクイヘをぼんぼん投げる!」と虜になりました。大阪の民俗学博物館でアレブリヘを見た時には嬉しかったな。

 

エル・イホ・デル・アレブリヘ選手はカンナムスタイルでノリノリの入場、メキシカンがK-POPで日本のリングに上がるってワールドワイドで面白いな、と思っていたら対戦相手のラ・コラソン・タンゴ選手、ふく面ワールド史上初のルチャドーラが更に踊りながら入場したのでびっくり。タンゴの国からやってきたわけですからね。

そんなアレブリヘはお父さんほどではないけれど大型のルチャドールで、動きも良かったけれど最後にちょっとミスをしてしまって悔しそうでした。みんな慣れないリング、慣れないコンディションでベストを尽くすのはとても大変なことです。でも会えて嬉しかったよアレブリヘ。今度はクイヘも一緒に来てくれたらなお嬉しいな。

メインに登場したのは、5年ぶりにみちのくのリングに帰ってきた剣舞選手。涼しげな目元、軽やかな足さばき、英雄のオーラ。やっぱりみちのくのリングに剣舞はよく似合う。ところが対戦相手の闘狂・ガネーシャ選手も凄かった! ルチャドールとしては大柄なのにめちゃくちゃ飛ぶ、動く、しかも早い。ガネーシャというのはヒンドゥー教の象の頭を持つ神様なので、当然長い鼻のついた象のマスク姿なのだが、たぶん視界も狭かろうと思うのに全くその不自由さを感じさせない。ちょっとユニークな可愛らしい動きと、技のダイナミックさの緩急が素晴らしかった。世界は広い。プロレスは奥深く、そして楽しい。

対戦カードに示されたそれぞれの出身地、台湾、アメリカ、ベトナム、などといった国や地域の名前を眺めながら、ああ、このリングの上には平和な国同士の戦いがあるんだな、ということを考えた。これまでの8年前や12年前の大会の時にだって、地球上のどこかで戦いはあったのだろうけれど、そこに恥ずかしながら自分の思いは至らなかったし、今年ほど「今そこにある危機」を感じたことはなかった。願わくば四角いリングの上だけに、戦いがありますように。そしてレスラーがみんなケガなく、自分の望む形で戦うことができますように。

優勝しかない、という剣舞選手。ラッセ選手と一緒に「ラッセといえば、絶好調!」の手がお顔に重なってしまってごめんなさい

 

どの地獄と戦うか、決めるのは自分だ。~スターダム10.2後楽園


どれだけ言葉を尽くしても伝わらない思いを、プロレスラーはリング上で戦うことで相手に伝えることが出来る。その関係を、うらやましいな、と思うことがある。安全なところから見ている私たちにはたどり着けない、心と体を賭して相手と向かい合うプロレスラーだけの特権だ。

だけど時折、戦っても戦っても理解し得ないこともある。5日土曜、スターダム名古屋大会のメインはワールドオブスターダム選手権、チャンピオン中野たむvs挑戦者鈴季すず、という顔合わせだ。本来ならば去年のうちに実現するはずだったこのタイトルマッチが、紆余曲折あってようやく実現することになった。そんな待ちに待ったタイトルなのに、鈴季すず選手は「戦っても全然中野たむとはわかり合えない」と言う。前哨戦の後のマイクでも、会見でも、お互いの会話はどこか噛み合わない。

2日後楽園大会の第1試合で最後の前哨戦となった二人は、この日も試合後に「お前は結局いつも自分のことしか考えてない」「わかってないのはアンタだよ」と舌戦を繰り広げ、最後にたむ選手は「お前に本当の地獄をわからせてやるよ」と啖呵を切った。

終わったばかりの朝ドラ、「虎に翼」のよねさんの台詞に、「それを決めるのはお前じゃない。どの地獄で 何と戦いたいのか、決めるのは彼女だ」というのがあった。地獄、というと言葉が強いけれど、どうせ戦うんだったら、どこで、何と戦うかを決めるのは自分自身でありたい。たむ選手が言う「本当の地獄」が何を指すのか、すず選手は何と戦うのか。そして名古屋で最後にリングに立っていたひとりに、スターダム最強の象徴が手渡される。

地獄、という意味では第6試合のコズエンvsH.A.T.E.のイリミネーションマッチもなかなかだった。なつぽい選手の持つ白いワンダー王座をかけて、5日名古屋大会ではなつぽいvsテクラ、というカードが組まれている。この二人にも歴史があり、ユニットを違えたことで辛い別れがあった。お互いの心残りがようやく、タイトルマッチという形でぶつかり合う。前哨戦となったこの日、H.A.T.E.入りしてからのとりつくしまもない表情ではなく、なんと笑みも浮かべてちゃんと握手をして始まったなつぽいとテクラ。途中、H.A.T.E勢のセコンド介入もテクラは拒否をし、ああ、なつぽいとは誰にも邪魔されずにピュアな気持ちで向かい合いたいんだな、と思ったら、最後の最後になんと新日本プロレスのバレットクラブWAR DOGS、クラーク・コナーズが飛び込んできてなつぽいにスピア。高笑いするテクラ。あんまりな結末だった。

テクラにとってはこれは、2年前になつぽいがユニットを出ていって自分を泣かせた復讐なんだという。そんな仕返しの仕方、ある? なつぽいはこの地獄とどう戦うのだろうか。そもそも、この地獄と戦うことをなつぽいは納得できるだろうか。決めるのは自分だ、とよねさんは言うけれど、タイトルマッチは決まってしまっている。戦わない、という選択はなつぽいには、ないのだ。

25周年はしつこい、29周年はめんどくさい ~大日本10.1後楽園


レモンと塩とわさびとからしにまみれたアブドーラ小林選手は「いいとんかつじゃねえか!」と叫んだ。こういう時のアブドーラ小林選手の言語センスは図抜けている。試合終盤に負ったケガのインパクトがかなりあって、試合が決した後もお客さんはどよめいていたのを「ビビってんじゃねえぞ、こんなのは赤い汗だ!」と言い切る強さ。

大日本プロレスの後楽園大会、第4試合は青木優也選手と神谷英慶選手のBJWストロングヘビー級の前哨戦だった。大日本はこの週末の連休、13日と14日の札幌2連戦でタイトルマッチが多く組まれている。若い青木選手はまっすぐで熱くてピュアで、巨人の星の星飛雄馬のように瞳に炎が見える。チャレンジャーの神谷選手は実はいまデスマッチのチャンピオンでもあるのだが、とにかく強い。デスマッチとストロング二刀流の神谷選手の強さはその強靱な肉体に加えて、安定感と心のぶれのなさにある。若手の頃は個性の強い大日本の選手の中では大人しいイメージがあったのだが、今はリング上のマイクもSNSでの発信も本当に力強く、ぶれない。悪い言葉で相手をけなしたりすることはなく、静謐な中におそろしいほどの芯の強さが見える。今日は直接ではないにせよ、自身のチームが青木選手に敗れてしまったのだが、「敗れはしたけれど青木がどんどん小さく見えました。自信しかないです」ときっぱり。敗れてなお自信しかない、という挑戦者を、「勝つ続けることが強いわけじゃない、倒れてから立ち上がることが強いんだ」と目に炎を宿して叫ぶ王者は退けることが出来るだろうか。

セミファイナルの画鋲一万個デスマッチでは、画鋲が豆まきの豆のように飛び散る恐ろしい状況に。リング上のレスラーのシューズの裏はびっしりと画鋲で埋め尽くされていたし、リングサイドのお客さんもかなり画鋲を踏んでしまったと思う。ここでライフハック、「靴の裏の画鋲は、ペットボトルのキャップでこそげ取るようにすると綺麗に早く取り除ける」。これはデスマッチを数多く裁いている、バーブ佐々木レフェリーから教わった生活の知恵です。皆さん覚えておいてくださいね。

そしてメインが蛍光灯100本+レモン+αデスマッチで、そのプラスアルファがわさびでありからしだった。今日の後楽園は海外からのお客さんがずいぶんいらしていたのだが、全世界共通でわかる、傷口にレモン&塩の辛さ。後楽園名物のレモンサワーを飲みながら見るレモンデスマッチの味わいはいかがだっただろうか。

この試合も札幌のタッグ王座戦の前哨戦として、チャンピオンの高橋匡哉&SAGATvsアブドーラ小林&若松大樹という顔合わせだった。アブ小選手だけがベテランで、高橋&SAGAT組はキャリア10年強、若松選手は今年ようやく5年目というフレッシュなデスマッチファイターだ。もうすぐ生産が終わってしまうという蛍光灯を惜しげもなく割りまくって、レモンも飛び散って、更に仕上げにわさびとからしまで登場してリング上は凄惨な有様。そして冒頭のアブドーラ小林選手のマイクに繋がる。

ケガの状況が心配で動揺もある客席、それをものともせず通常通り叫ぶアブドーラ小林選手、食い下がる王者チーム、そこに伊東竜二選手が飛び込んできて箱いっぱいの塩をぶちまけた。カオスに次ぐカオス。伊東選手は表情ひとつ変えずにこういうことが出来てしまう選手でもある。札幌のタッグタイトルマッチ本番では伊東選手がアブ小選手と組んで、アブ小伊東組というベテランチームで若い高橋&SAGAT組に挑戦するのだ。

「25周年の伊東竜二はしつこいぞ。そして29周年のアブドーラ小林はめんどくさいぞ!」

ひとことで、ひとつの仕草で状況をひっくり返すことが出来る、しつこい&めんどくさい挑戦者チームに、王者チームは心乱されることなくチャンピオンとして立ちはだかって欲しいと思う。

もうずいぶん長く見ているマッドマン・ポンド選手、今でも来日するとハーイと笑顔で手を振ってくれる。この日も試合後に手招きをされて、いや、今まだ仕事中なのよ、と言ったら「一緒に写真撮ろう」と。嬉しかったです。みんなケガしないで元気でいてくださいね。

情熱と覚悟と武知海青選手。~DDT 9.29後楽園大会


THE RAMPAGEの武知海青さんのプロレスラーとしての第2戦がDDT後楽園大会で行われた。初戦は今から7ヶ月前の2月25日。今回も後楽園は超満員札止め、いつもより1オクターブ高い歓声が第1試合から響く。

彰人選手と勝俣選手によるDDT EXTREME選手権は伝説の蛍光灯IPPONデスマッチのルールで行われ、蛍光灯の割れた瞬間にどちらがその蛍光灯を持っていたか、身体にどう触れていたかなど言葉にすると難しいルールなのだが、試合が始まってみれば「あ、これつまり蛍光灯割ったらダメなんだな」というのがわかって初見のお客さんも熱狂した。名手の彰人選手と勝俣選手はもちろんなのだが、それぞれのパートナーだった夢虹選手、須見和馬選手の適応力、対応力が素晴らしかった。うっかりが許されないこのルールの中で自由に伸び伸びと躍動していた。若者のハートは強くて頼もしい。

試合後には王者となった彰人選手が、大切な先輩である男色ディーノ選手を呼び込んでこのベルトに挑戦して欲しい旨を語りかけたのだが、その涙ながらのアピールにディーノ選手がきっぱり、「人間生きてりゃ生きがいなんていくらでも生まれるんだよ!」と愛犬ハクちゃんを抱きながら魂の叫びで応答。更にバックステージでは「生き方を他人に決めつけられるのが一番嫌い」とも語る。エモーショナルをクールにかっ飛ばす、カッコいい男色ディーノがまた帰ってきた。いや、帰ってきたんじゃなくて、ディーノさんはいつもここにいたのだ。

注目のメインの前に置かれたセミファイナルは、飯野選手vs納谷選手のDDT UNIVERSAL選手権。DDTが誇るスーパーヘビー級対決は後楽園をどっかんどっかん沸かせた。飯野選手の「アイアム!バーニング!」の後の「イェー!」は、初見の人も多かろう満場の武知選手ファンも一緒にご唱和で、かなり高い声で可愛かった。試合後の敗れた納谷選手の悔しいけれど清々しい笑顔が印象的だ。

メインイベントは、上野&MAO&武知組vsクリス&正田&高梨組。サウナカミーナvsシャーデンフロイデのユニット対決にさらっと武知選手が組み込まれている。黒い大きな羽根のついたガウンで最後に入場する武知選手は、伝説のラスボスのようだ。

デビュー戦の時にも感じたことなのだが、武知選手の身体能力の高さや舞台経験の豊富さから、動けること、四方から見られることへの経験値は最初から高かった。ただ、加えて私がいいな、凄いなと思ったのは、例えばリングの乗り降りやコーナーにいる時の動き、ロープをくぐってリングインする時の仕草などがとても自然で美しかったことだ。技やロープワークは練習することができる。でも、そういったちょっとした所作はなかなか実際の試合にならないと体験できない。思ったよりエプロンが広いとか、リングが高いとか、ロープの技とか、コーナーの位置とか、実際のリングに立たないとわからないことはきっとたくさんあるだろう。でも、そういった、プロレスラーなら当たり前にやっている動きが、武知選手も全く当たり前にこなしていて、やっぱり凄いなあと思った。デビュー戦の映像をバトルメンで解説の金沢克彦さんと一緒に見た時に、「芸能人がプロレスやると舐めるなみたいなこと言う人いるかもしれないけど、はっきり言って芸能人舐めんなって話ですよね」とおっしゃっていて本当にそうだなと思う。超一流のエンタテインメントの世界で日々勝負している人の凄みを改めて感じる。

サウナカミーナの連携にもさらっと入っていたり、3人で一緒のポージングもしたりしたかと思えば、クリスに場外でしこたま酷い目に遭った。後楽園最上段まで届く長ーーーーーいゴムパッチンが武知選手の顔面を直撃した時には、今日最大値の悲鳴が上がった。これまで戦ったことがない高梨選手のようなタイプに手を焼いた。若い正田選手とむき出しの感情をぶつけ合った。ふわっとした、重力を感じないトペコンも、クリスを高々と持ち上げたチョークスラムも本当に見事だった。

長すぎるゴムパッチン、クリスは南側最上段まで駆け上がっていきました

武知海青選手の胸はクリスの逆水平チョップで真っ赤に


「ただいま!」と試合後にはプロレスラー武知海青として挨拶、「情熱と覚悟には自信があります」というコメントには痺れた。更に、自分にプロレスを教えてくれた大石選手がDDTを退団する前に最後に一緒のリングに上がりたい、と大石選手を呼び込み、この思いを伝えないと一生後悔すると思うので、と言いながら大石選手をハグして涙をこぼしていたのが印象的だった。デビュー戦から試合後までいつも朗らかで、痛い思いをしながら明るく振る舞っていた武知選手が、師匠と向き合った時の涙。武知選手の人情味、温かさに触れた気がした。

当の大石真翔選手は教え子としての武知選手について、「教え始めて10分でもう卒業させました! 僕の最高傑作です」と笑顔で、誇らしそうに語ってくれた。大石選手はDDTのリングに上がる、プロレスラーではない人たちの手ほどきを実はずっとしてきた。いきなりプロレスのリングにやってきて、しかも新人扱いではなく、それなりのインパクトを残さなければいけない人たちに、その人に合った教え方をして、ちゃんと試合をしてもらって、ケガなく、プロレス楽しいなと思ってリングを降りてもらうまでサポートするのは大変な仕事だ。その他にもリング内外を通して大石選手の功績は本当に大きい。バスの運転から、金屏風のある記者会見場を急きょ抑える、みたいなことまでしてきた。所属として最後の愛弟子、プロレスラー武知海青選手と同じコーナーに立つのは本当に素敵なことだ。

武知選手は会場にいる人も、映像を見ている人も、まだ見られない人にも、全員に届けるプロレスをしたい、と言った。巡業バスにも乗ってみたいとも言った。武知選手の言葉で改めて、プロレスの魅力と可能性を感じている。