どれだけ言葉を尽くしても伝わらない思いを、プロレスラーはリング上で戦うことで相手に伝えることが出来る。その関係を、うらやましいな、と思うことがある。安全なところから見ている私たちにはたどり着けない、心と体を賭して相手と向かい合うプロレスラーだけの特権だ。
だけど時折、戦っても戦っても理解し得ないこともある。5日土曜、スターダム名古屋大会のメインはワールドオブスターダム選手権、チャンピオン中野たむvs挑戦者鈴季すず、という顔合わせだ。本来ならば去年のうちに実現するはずだったこのタイトルマッチが、紆余曲折あってようやく実現することになった。そんな待ちに待ったタイトルなのに、鈴季すず選手は「戦っても全然中野たむとはわかり合えない」と言う。前哨戦の後のマイクでも、会見でも、お互いの会話はどこか噛み合わない。
2日後楽園大会の第1試合で最後の前哨戦となった二人は、この日も試合後に「お前は結局いつも自分のことしか考えてない」「わかってないのはアンタだよ」と舌戦を繰り広げ、最後にたむ選手は「お前に本当の地獄をわからせてやるよ」と啖呵を切った。
終わったばかりの朝ドラ、「虎に翼」のよねさんの台詞に、「それを決めるのはお前じゃない。どの地獄で 何と戦いたいのか、決めるのは彼女だ」というのがあった。地獄、というと言葉が強いけれど、どうせ戦うんだったら、どこで、何と戦うかを決めるのは自分自身でありたい。たむ選手が言う「本当の地獄」が何を指すのか、すず選手は何と戦うのか。そして名古屋で最後にリングに立っていたひとりに、スターダム最強の象徴が手渡される。
地獄、という意味では第6試合のコズエンvsH.A.T.E.のイリミネーションマッチもなかなかだった。なつぽい選手の持つ白いワンダー王座をかけて、5日名古屋大会ではなつぽいvsテクラ、というカードが組まれている。この二人にも歴史があり、ユニットを違えたことで辛い別れがあった。お互いの心残りがようやく、タイトルマッチという形でぶつかり合う。前哨戦となったこの日、H.A.T.E.入りしてからのとりつくしまもない表情ではなく、なんと笑みも浮かべてちゃんと握手をして始まったなつぽいとテクラ。途中、H.A.T.E勢のセコンド介入もテクラは拒否をし、ああ、なつぽいとは誰にも邪魔されずにピュアな気持ちで向かい合いたいんだな、と思ったら、最後の最後になんと新日本プロレスのバレットクラブWAR DOGS、クラーク・コナーズが飛び込んできてなつぽいにスピア。高笑いするテクラ。あんまりな結末だった。
テクラにとってはこれは、2年前になつぽいがユニットを出ていって自分を泣かせた復讐なんだという。そんな仕返しの仕方、ある? なつぽいはこの地獄とどう戦うのだろうか。そもそも、この地獄と戦うことをなつぽいは納得できるだろうか。決めるのは自分だ、とよねさんは言うけれど、タイトルマッチは決まってしまっている。戦わない、という選択はなつぽいには、ないのだ。