どの地獄と戦うか、決めるのは自分だ。~スターダム10.2後楽園


どれだけ言葉を尽くしても伝わらない思いを、プロレスラーはリング上で戦うことで相手に伝えることが出来る。その関係を、うらやましいな、と思うことがある。安全なところから見ている私たちにはたどり着けない、心と体を賭して相手と向かい合うプロレスラーだけの特権だ。

だけど時折、戦っても戦っても理解し得ないこともある。5日土曜、スターダム名古屋大会のメインはワールドオブスターダム選手権、チャンピオン中野たむvs挑戦者鈴季すず、という顔合わせだ。本来ならば去年のうちに実現するはずだったこのタイトルマッチが、紆余曲折あってようやく実現することになった。そんな待ちに待ったタイトルなのに、鈴季すず選手は「戦っても全然中野たむとはわかり合えない」と言う。前哨戦の後のマイクでも、会見でも、お互いの会話はどこか噛み合わない。

2日後楽園大会の第1試合で最後の前哨戦となった二人は、この日も試合後に「お前は結局いつも自分のことしか考えてない」「わかってないのはアンタだよ」と舌戦を繰り広げ、最後にたむ選手は「お前に本当の地獄をわからせてやるよ」と啖呵を切った。

終わったばかりの朝ドラ、「虎に翼」のよねさんの台詞に、「それを決めるのはお前じゃない。どの地獄で 何と戦いたいのか、決めるのは彼女だ」というのがあった。地獄、というと言葉が強いけれど、どうせ戦うんだったら、どこで、何と戦うかを決めるのは自分自身でありたい。たむ選手が言う「本当の地獄」が何を指すのか、すず選手は何と戦うのか。そして名古屋で最後にリングに立っていたひとりに、スターダム最強の象徴が手渡される。

地獄、という意味では第6試合のコズエンvsH.A.T.E.のイリミネーションマッチもなかなかだった。なつぽい選手の持つ白いワンダー王座をかけて、5日名古屋大会ではなつぽいvsテクラ、というカードが組まれている。この二人にも歴史があり、ユニットを違えたことで辛い別れがあった。お互いの心残りがようやく、タイトルマッチという形でぶつかり合う。前哨戦となったこの日、H.A.T.E.入りしてからのとりつくしまもない表情ではなく、なんと笑みも浮かべてちゃんと握手をして始まったなつぽいとテクラ。途中、H.A.T.E勢のセコンド介入もテクラは拒否をし、ああ、なつぽいとは誰にも邪魔されずにピュアな気持ちで向かい合いたいんだな、と思ったら、最後の最後になんと新日本プロレスのバレットクラブWAR DOGS、クラーク・コナーズが飛び込んできてなつぽいにスピア。高笑いするテクラ。あんまりな結末だった。

テクラにとってはこれは、2年前になつぽいがユニットを出ていって自分を泣かせた復讐なんだという。そんな仕返しの仕方、ある? なつぽいはこの地獄とどう戦うのだろうか。そもそも、この地獄と戦うことをなつぽいは納得できるだろうか。決めるのは自分だ、とよねさんは言うけれど、タイトルマッチは決まってしまっている。戦わない、という選択はなつぽいには、ないのだ。

25周年はしつこい、29周年はめんどくさい ~大日本10.1後楽園


レモンと塩とわさびとからしにまみれたアブドーラ小林選手は「いいとんかつじゃねえか!」と叫んだ。こういう時のアブドーラ小林選手の言語センスは図抜けている。試合終盤に負ったケガのインパクトがかなりあって、試合が決した後もお客さんはどよめいていたのを「ビビってんじゃねえぞ、こんなのは赤い汗だ!」と言い切る強さ。

大日本プロレスの後楽園大会、第4試合は青木優也選手と神谷英慶選手のBJWストロングヘビー級の前哨戦だった。大日本はこの週末の連休、13日と14日の札幌2連戦でタイトルマッチが多く組まれている。若い青木選手はまっすぐで熱くてピュアで、巨人の星の星飛雄馬のように瞳に炎が見える。チャレンジャーの神谷選手は実はいまデスマッチのチャンピオンでもあるのだが、とにかく強い。デスマッチとストロング二刀流の神谷選手の強さはその強靱な肉体に加えて、安定感と心のぶれのなさにある。若手の頃は個性の強い大日本の選手の中では大人しいイメージがあったのだが、今はリング上のマイクもSNSでの発信も本当に力強く、ぶれない。悪い言葉で相手をけなしたりすることはなく、静謐な中におそろしいほどの芯の強さが見える。今日は直接ではないにせよ、自身のチームが青木選手に敗れてしまったのだが、「敗れはしたけれど青木がどんどん小さく見えました。自信しかないです」ときっぱり。敗れてなお自信しかない、という挑戦者を、「勝つ続けることが強いわけじゃない、倒れてから立ち上がることが強いんだ」と目に炎を宿して叫ぶ王者は退けることが出来るだろうか。

セミファイナルの画鋲一万個デスマッチでは、画鋲が豆まきの豆のように飛び散る恐ろしい状況に。リング上のレスラーのシューズの裏はびっしりと画鋲で埋め尽くされていたし、リングサイドのお客さんもかなり画鋲を踏んでしまったと思う。ここでライフハック、「靴の裏の画鋲は、ペットボトルのキャップでこそげ取るようにすると綺麗に早く取り除ける」。これはデスマッチを数多く裁いている、バーブ佐々木レフェリーから教わった生活の知恵です。皆さん覚えておいてくださいね。

そしてメインが蛍光灯100本+レモン+αデスマッチで、そのプラスアルファがわさびでありからしだった。今日の後楽園は海外からのお客さんがずいぶんいらしていたのだが、全世界共通でわかる、傷口にレモン&塩の辛さ。後楽園名物のレモンサワーを飲みながら見るレモンデスマッチの味わいはいかがだっただろうか。

この試合も札幌のタッグ王座戦の前哨戦として、チャンピオンの高橋匡哉&SAGATvsアブドーラ小林&若松大樹という顔合わせだった。アブ小選手だけがベテランで、高橋&SAGAT組はキャリア10年強、若松選手は今年ようやく5年目というフレッシュなデスマッチファイターだ。もうすぐ生産が終わってしまうという蛍光灯を惜しげもなく割りまくって、レモンも飛び散って、更に仕上げにわさびとからしまで登場してリング上は凄惨な有様。そして冒頭のアブドーラ小林選手のマイクに繋がる。

ケガの状況が心配で動揺もある客席、それをものともせず通常通り叫ぶアブドーラ小林選手、食い下がる王者チーム、そこに伊東竜二選手が飛び込んできて箱いっぱいの塩をぶちまけた。カオスに次ぐカオス。伊東選手は表情ひとつ変えずにこういうことが出来てしまう選手でもある。札幌のタッグタイトルマッチ本番では伊東選手がアブ小選手と組んで、アブ小伊東組というベテランチームで若い高橋&SAGAT組に挑戦するのだ。

「25周年の伊東竜二はしつこいぞ。そして29周年のアブドーラ小林はめんどくさいぞ!」

ひとことで、ひとつの仕草で状況をひっくり返すことが出来る、しつこい&めんどくさい挑戦者チームに、王者チームは心乱されることなくチャンピオンとして立ちはだかって欲しいと思う。

もうずいぶん長く見ているマッドマン・ポンド選手、今でも来日するとハーイと笑顔で手を振ってくれる。この日も試合後に手招きをされて、いや、今まだ仕事中なのよ、と言ったら「一緒に写真撮ろう」と。嬉しかったです。みんなケガしないで元気でいてくださいね。

情熱と覚悟と武知海青選手。~DDT 9.29後楽園大会


THE RAMPAGEの武知海青さんのプロレスラーとしての第2戦がDDT後楽園大会で行われた。初戦は今から7ヶ月前の2月25日。今回も後楽園は超満員札止め、いつもより1オクターブ高い歓声が第1試合から響く。

彰人選手と勝俣選手によるDDT EXTREME選手権は伝説の蛍光灯IPPONデスマッチのルールで行われ、蛍光灯の割れた瞬間にどちらがその蛍光灯を持っていたか、身体にどう触れていたかなど言葉にすると難しいルールなのだが、試合が始まってみれば「あ、これつまり蛍光灯割ったらダメなんだな」というのがわかって初見のお客さんも熱狂した。名手の彰人選手と勝俣選手はもちろんなのだが、それぞれのパートナーだった夢虹選手、須見和馬選手の適応力、対応力が素晴らしかった。うっかりが許されないこのルールの中で自由に伸び伸びと躍動していた。若者のハートは強くて頼もしい。

試合後には王者となった彰人選手が、大切な先輩である男色ディーノ選手を呼び込んでこのベルトに挑戦して欲しい旨を語りかけたのだが、その涙ながらのアピールにディーノ選手がきっぱり、「人間生きてりゃ生きがいなんていくらでも生まれるんだよ!」と愛犬ハクちゃんを抱きながら魂の叫びで応答。更にバックステージでは「生き方を他人に決めつけられるのが一番嫌い」とも語る。エモーショナルをクールにかっ飛ばす、カッコいい男色ディーノがまた帰ってきた。いや、帰ってきたんじゃなくて、ディーノさんはいつもここにいたのだ。

注目のメインの前に置かれたセミファイナルは、飯野選手vs納谷選手のDDT UNIVERSAL選手権。DDTが誇るスーパーヘビー級対決は後楽園をどっかんどっかん沸かせた。飯野選手の「アイアム!バーニング!」の後の「イェー!」は、初見の人も多かろう満場の武知選手ファンも一緒にご唱和で、かなり高い声で可愛かった。試合後の敗れた納谷選手の悔しいけれど清々しい笑顔が印象的だ。

メインイベントは、上野&MAO&武知組vsクリス&正田&高梨組。サウナカミーナvsシャーデンフロイデのユニット対決にさらっと武知選手が組み込まれている。黒い大きな羽根のついたガウンで最後に入場する武知選手は、伝説のラスボスのようだ。

デビュー戦の時にも感じたことなのだが、武知選手の身体能力の高さや舞台経験の豊富さから、動けること、四方から見られることへの経験値は最初から高かった。ただ、加えて私がいいな、凄いなと思ったのは、例えばリングの乗り降りやコーナーにいる時の動き、ロープをくぐってリングインする時の仕草などがとても自然で美しかったことだ。技やロープワークは練習することができる。でも、そういったちょっとした所作はなかなか実際の試合にならないと体験できない。思ったよりエプロンが広いとか、リングが高いとか、ロープの技とか、コーナーの位置とか、実際のリングに立たないとわからないことはきっとたくさんあるだろう。でも、そういった、プロレスラーなら当たり前にやっている動きが、武知選手も全く当たり前にこなしていて、やっぱり凄いなあと思った。デビュー戦の映像をバトルメンで解説の金沢克彦さんと一緒に見た時に、「芸能人がプロレスやると舐めるなみたいなこと言う人いるかもしれないけど、はっきり言って芸能人舐めんなって話ですよね」とおっしゃっていて本当にそうだなと思う。超一流のエンタテインメントの世界で日々勝負している人の凄みを改めて感じる。

サウナカミーナの連携にもさらっと入っていたり、3人で一緒のポージングもしたりしたかと思えば、クリスに場外でしこたま酷い目に遭った。後楽園最上段まで届く長ーーーーーいゴムパッチンが武知選手の顔面を直撃した時には、今日最大値の悲鳴が上がった。これまで戦ったことがない高梨選手のようなタイプに手を焼いた。若い正田選手とむき出しの感情をぶつけ合った。ふわっとした、重力を感じないトペコンも、クリスを高々と持ち上げたチョークスラムも本当に見事だった。

長すぎるゴムパッチン、クリスは南側最上段まで駆け上がっていきました

武知海青選手の胸はクリスの逆水平チョップで真っ赤に


「ただいま!」と試合後にはプロレスラー武知海青として挨拶、「情熱と覚悟には自信があります」というコメントには痺れた。更に、自分にプロレスを教えてくれた大石選手がDDTを退団する前に最後に一緒のリングに上がりたい、と大石選手を呼び込み、この思いを伝えないと一生後悔すると思うので、と言いながら大石選手をハグして涙をこぼしていたのが印象的だった。デビュー戦から試合後までいつも朗らかで、痛い思いをしながら明るく振る舞っていた武知選手が、師匠と向き合った時の涙。武知選手の人情味、温かさに触れた気がした。

当の大石真翔選手は教え子としての武知選手について、「教え始めて10分でもう卒業させました! 僕の最高傑作です」と笑顔で、誇らしそうに語ってくれた。大石選手はDDTのリングに上がる、プロレスラーではない人たちの手ほどきを実はずっとしてきた。いきなりプロレスのリングにやってきて、しかも新人扱いではなく、それなりのインパクトを残さなければいけない人たちに、その人に合った教え方をして、ちゃんと試合をしてもらって、ケガなく、プロレス楽しいなと思ってリングを降りてもらうまでサポートするのは大変な仕事だ。その他にもリング内外を通して大石選手の功績は本当に大きい。バスの運転から、金屏風のある記者会見場を急きょ抑える、みたいなことまでしてきた。所属として最後の愛弟子、プロレスラー武知海青選手と同じコーナーに立つのは本当に素敵なことだ。

武知選手は会場にいる人も、映像を見ている人も、まだ見られない人にも、全員に届けるプロレスをしたい、と言った。巡業バスにも乗ってみたいとも言った。武知選手の言葉で改めて、プロレスの魅力と可能性を感じている。

 

「優里佳!チャンピオンだよ!」と桃野選手は叫んだ ~センダイガールズ9.27新宿大会


センダイガールズプロレスリングのリングには、強くてかっこよくて、自分もこんなふうに戦いたい!と思える選手たちが集っている。そもそもセンジョを率いてきた里村明衣子選手が、凜として誇り高くて強くて純粋で、いつご一緒してもこちらの背筋が伸びる、憧れの存在だ。

センジョの選手たちはみな里村選手のそのスピリットをそれぞれに受け継ぎつつ、見事に個性豊かに花開いた。現在のシングル王者の岩田美香選手は鋭く、DASHチサコ選手は苛烈で、橋本千紘選手は分厚い。若手の選手たちもカラフルで、かつプロレスラーとして力強い。里村明衣子選手が海外に拠点を移し、大変だった時期もあったはずだけれど、今は他団体から参戦する選手も含めて層が厚く、魅力的なラインナップが揃う。

いまセンジョで凄いなと思うのは、タッグチームが粒ぞろいなところだ。DASHチサコ&松本浩代の令和アルテマパワーズ、橋本千紘&優宇のチーム200kg、水波綾&愛海の愛海と水波(まなみとみずなみ)、桃野美桜&岡優里佳のボブボブモモバナナ。後ろ2つのチームは滑舌が難しいので口に出す時には要注意だ。ここ5年にわたるアルテマとチーム200kgの名勝負数え歌はものすごくて、この2チームからベルト奪うチームは一生出てこないんじゃないかと思っていたので、今年に入ってその扉をまなみみずなみとボブボブがこじ開けたのには本当に感動した。

そして27日新宿大会のメインで行われたのが、センダイガールズワールドタッグ王座戦、桃野&岡のボブボブモモバナナvs橋本&優宇のチーム200kgのタイトルマッチ。王者チームの桃野&岡が、橋本&優宇を指名したことで組まれたタイトルマッチだった。ボブボブモモバナナは7月の後楽園でチャンピオンになったばかりで、何も初防衛戦で最強のチームを指名しなくても、とは思ったが、タッグ王者として歩んでいくためにはいつかは対戦しなければいけない存在だった。

橋本&優宇のチーム200kgは、BON JOVIのイッツマイライフで入場する。誰もが知っているこの曲、いいタイミングでお客さんに向けてキメポーズをする。盛り上がらないわけがない。分厚くて強くて、その上キュートなこの二人はこれまで当たり前のように男子選手とも戦ってきた。どのリングでもお客さんを沸かせる最強タッグだ。

チャンピオンのボブボブモモバナナは200kgとは真逆の、小柄ですばしっこくてポップで、スーパーボールみたいなタッグチームだ。当然ながら歴然とした体格差があるので、早く、高く、機動力で勝負したいところだが、キャリアで劣る岡選手がどうしても捕まってしまう。コーナーから桃野選手が声の限りに叫ぶ。

「優里佳!チャンピオンだよ!」

ここぞというところで桃野選手がアシストして、1+1が2以上の力で立ち向かうけれどいかんせん相手はチーム200kgだ。あっさりと文字通り跳ね返されて、場内からは心の底からの「うわあ」というため息がこぼれる。最後はボブボブモモバナナを皮ごと頂く勢いで、チーム200kgが完食してタッグタイトルが移動した。

その後に挑戦表明してきたスターダムのH.A.T.E.勢、刀羅ナツコ選手のベルト挑戦アピールとその後の乱闘を、敗れた元王者チームはどんな気持ちで聞いたのだろうか。試合後に「誰が見てもチーム200kgの勝利を予想したと思うんですけど、それを裏切りたかった」と桃野選手は悔しそうだった。センジョのタッグ戦線に新たなH.A.T.E.勢が参戦してきたのは面白くなりそうだけれど、若くてまだ伸びしろがたくさんあるボブボブモモバナナが、また心も体も更に強くなってこの荒波に帰ってきてくれるのを楽しみにしている。

試合後に美味しく頂く恒例のおにぎりに攻撃を加える刀羅ナツコ選手。悪い

「お米の恨みは恐ろしいぞ!」とのチャンピオン。平たくなってもおにぎりはおにぎりです

 

not elegant から6年。棚橋弘至×ケニー・オメガ

 

9月26日、新日本プロレス公式のポストに「棚橋弘至×ケニー・オメガ」という文字が見えた時、まさかという思いで心臓がドキドキしてまともに見られなかった。心がかき乱される、封印していた思い。

今から6年前、記者会見の席上で棚橋選手はケニーのことを「ケニーのプロレスには品がない」と言った。通訳の方はそれを「not elegant」と訳した。その言葉が強烈すぎた、強烈というかそれを通り越してショックだった。

棚橋選手は自分が発する言葉の責任の重さや影響力をわかりすぎるほどわかっている人だ。その棚橋選手が発した「品がない」はなぜだか私に深く突き刺さった。ケニーも初来日からずっと見てきたし、棚橋選手が自分の全てをプロレスに捧げてきた道のりもずっと見てきた。ふたりとも大好きで、尊敬する選手たちだ。その会見は2018年10月9日に行われ、翌年の2019年1月4日東京ドーム大会の、IWGPヘビー級選手権がケニー・オメガvs棚橋弘至に正式決定したことから行われていた。

その時の両者の立場がどんなものであったとしても、ただの敵対している同士のタイトルマッチ、という言葉に収まらない異様な雰囲気だった。プロレスは相手へのリスペクトや信頼関係があって成り立つ、という言われ方はよくするけれど、この日の壇上は試合以前に相手を否定する言葉が飛び交った。そんな中で会見の序盤に発せられたのが、品がない、not elegant だった。

それ以前にもそれ以降にも、私にとっては対戦相手を表するこれ以上ネガティブな言葉は思いつかない。特に、ケニーのようなプロレスラーにとって not elegant は一番言われたくない言葉だっただろう。おそらくケニーは相当に心外だっただろうし、ただ安全なところから見ているだけの私にもなぜか大きなトラウマの言葉になった。

年が明けて1.4ドームは40分近い激戦の末、棚橋選手が4年ぶりにIWGPヘビー級王者になった。そしてケニーは日本から去った。あれから5年9ヶ月。いや、私にとってはあの会見から6年といった方がしっくりくる。

動画のタイトルには「再会」とあった。再び何かが始まるのか。それともきちんと終わらせるための再会なのか。また私は心がかき乱されるのか。かき乱されるとしても、見ないわけにはいかない。

戦場の巨大深海生物 〜プロレスリングBASARA9.24新木場大会

 

プロレスリングBASARAの新木場大会はこの夏から、1ヶ月に2回行われている。どちらも飲み放題の「宴」というスタイルなのだが、蒼宴、といういつものBASARAと、緋宴、というハードモードの2つのスタイルに分けられることになった。で、24日に行われたのが緋宴の、ハードスタイルの方の大会だ。緋宴には前回私が書いた

sayokom.hatenadiary.org

風戸大智選手やジュードーマスターのようなトリックスターはいない代わりに、大日本プロレスの神谷英慶選手やTTTのガッツ石島選手のようなスーパーヘビー級が登場し、舞浜まで吹っ飛ばすくらいのショルダータックルを見せてくれる。凄すぎて笑ってしまう。

そんな中で今日、第3試合に組まれたのが今成夢人&渡瀬瑞基vs中津良太&リル・クラーケンというタッグマッチ。戦前にそうとはうたわれていなかったが、この4人の熱量によって一気にこの試合はガンプロvsBASARAの対抗戦になった。奇襲をしかけたはずの今成選手が一瞬にして中津選手のバットで100倍返しされる。場外でクラーケンが放り投げられている。

この4人のメンバーでただ一人、リル・クラーケンだけがキャリアが浅く、経験値が少ない。しかも、他の3人は明らかにケンカ慣れしているタイプのレスラーだ。渡瀬vs中津の元DNA勢は笑みを浮かべながら躊躇なく相手を殴り、今成選手は大声でBASARAファンを煽りながらストンピング。頑張ってクラーケン、勢いに負けないでクラーケン、と思いながら見ていた。

リル・クラーケン選手はマスクマンなのでもちろんその表情はうかがい知れないのだが、ふわっとしたつかみどころのないイメージがある(イカだけに)。去年12月3日の後楽園大会であのザ・グレート・サスケ選手をシングルマッチで破る大金星を挙げているのだが、当の本人は「勝ってしまった、嬉しいですけれど正直少し困惑しています」という謙虚にもほどがある感じだったし、今年の4月に藤田ミノル選手の持つユニオンMAXに挑戦した時も「栃木のおばあちゃんにベルトを見せたい」という心優しすぎる意気込みだった。試合はもちろん素晴らしかったのだけど。

そんな心優しい巨大イカ(なのに名前はリル・クラーケン)のマスクマンは、殺気だった今日の新木場のリング上で自分以外は全員血の気が多いメンバーに交じって必死で食い下がっていた。相手以上にパートナーであり先輩の中津選手が恐ろしくて、相手を殴るついでにクラーケンに活を入れる。「しっかりせんかい!」とクラーケンをモノのように相手に投げつける。しかし逆にケンカするのにこれ以上頼りがいのある先輩もいない。自分が頑張って繋げば、絶対に相手をボコボコにしてくれるわけだから。

クラーケン選手の試合終盤に相手のアゴを射貫くドロップキックは見事だったけれど、最後は今成選手の渾身のラリアットにBASARA組は敗れた。元はといえば同じDDTグループだったのに、見事にカラーがわかれたプロレスリングBASARAとガンバレ☆プロレス。近いのに遠い、遠いのに気になる関係だ。

8月の大会もそうだったけれど、緋宴の中心は中野貴人&神野聖人の愛人タッグで、メインはこれはBASARA勢同士のイサミ&関根組とのUWAタッグだった。若い2人が見事に防衛したら、なぜかそこに入ってきたのは高梨将弘選手。4年前の、藤田ミノル選手との物語がまた始まる。

直前まで下北沢のバカガイジン興行にいたという高梨選手、下北から新木場の移動はなかなかの距離

 

ガンバレ☆プロレスは青春だ ~ガンプロ9.23横浜大会

メイン後に石井選手が締めようと思ったら大家さんが登場、ブーイングを喰らうも2025年4月11日の後楽園大会を発表!

 

ガンバレ☆プロレスには青春のほろ苦さがある。デビューしたばかりの若い選手からキャリア20年を越える選手まで、みんないつも少しずつ悔しい思いをして、それを隠すことなくさらけ出す。そして汗と涙にくれながら、最後はみんなで足を踏みならし大きな声で叫ぶ。一生、青春のただ中にいる人たちだ。

9月23日の横浜ラジアントホール大会は通常の大会としては久々だった。8月の新木場大会が台風で中止になったからだ。私も久々のガンプロだったけれど、みんな元気で、いつも通り熱くて、嬉しかった。

第1試合は中村宗達&川上翔大の「市川少年愚連隊」と、FREEDOMSで暴れ回る政岡純&ガイア・ホックスの「F-SWAG」のタッグマッチ。中村&川上は幼なじみで、中村選手のデビューがきっかけで川上選手もプロレスラーを志したという、これが青春じゃなくて何なんだという物語だ。そんな初々しい二人が、ちょっと悪くて巧くてカッコいいお兄さんたちにリング上で翻弄される。余談だがガンプロには「翔太保存の法則」があるのではないかと思っていて、というのもあの翔太選手がガンプロからフリーになったのと入れ替わるように川上翔大選手がデビューしたからだ(漢字はちょっと違うけれど)。市川少年愚連隊、ガンプロ内外でたくさん揉まれて、経験を積んで、二人で一緒に走っていって欲しい。

 

まなせゆうな選手を見るといつも本当に元気になる。そしてまなせ選手はいつも愛に溢れている。団体に、後輩に、対戦相手に、その愛はいつも惜しみなく注がれる。その愛はきっと、見返りを求めない愛だ。私も会場でまなせ選手に声をかけてもらいたくてガンプロに行っているところも正直ある。そんなまなせ選手は今日、ガンジョで大会のメインを張りたいと訴えた。ガンジョ、つまりガンバレプロレス女子部はガンバレ☆プロレスのとても大切な構成要素で、ファンもたくさんいるのに、大会の前半でなんとなくまとめられるのは悔しいと彼女は訴えた。もっともな要求だと思う。ガンプロの選手たちはみな平等で、男子だから、女子だから、という区別や差別は私の知る限りないと思うけれど、試合順となるとなかなか残酷だ。そして今日の大会中に、渡瀬瑞基&入江茂弘の持つ、スピリットオブガンバレタッグ王座にまなせゆうな&YuuRIで挑戦することが決定した。

 

メインは石井慧介選手のスピリットオブガンバレ王座に、和田拓也選手が挑戦した。プロレスの申し子のような石井選手と、格闘技出身の和田選手。ガンプロのリングでなければなかなか考えられないタイトルマッチだ。格闘技の世界から来た選手が持つヒリヒリした緊張感。グラウンドに誘う和田選手に応えない石井選手。逆に場外へと誘う。かと思えば、グラウンド状態の和田選手にいきなりサンセットフリップ! そういえばサムライ開局間もないころ、あの高田延彦vsヒクソン・グレイシーという対戦が決まり、プロレス記者や格闘技雑誌記者と試合の行方をうらなう討論会を大真面目にやったことを思い出した。

 

そうはいってもここはプロレスのリングだ。そして和田選手も、今はプロレスラーとしてこのリングに上がっている。腕を極め、足を極め、試合終盤には中学時代からの盟友、今は亡き青木篤志選手の得意技だったアサルトポイントで勝負を決めに行ったけれど、最後は石井選手の高角度ダブルアームDDTに沈んだ。石井選手はこのダブルアームDDTといい、今日は2で返されたけれど相手を空中で180度回転させる胴回し回転ボムといい、さすがプロレスを長年研究し続けているだけあってオリジナリティが高くえげつない技をいくつも持っているのに、かっこいい名前をつけようという気がまるでないのがらしくて良い。トルネードなんとかとか、サンダーなんとかとか、そういうことにこだわりがないのだ。

 

今日も楽しかったな、と思って外に出たら驚くほど寒かった。ガンプロの熱さに夢中になっていた間に、どうやら外は秋になっていたようだった。