ゴングは鳴らされた

「来いよ高山! 立ち上がってこいよ! 悔しかったら立ち上がって俺の顔を蹴っ飛ばしてみろよ高山!」

顔をくしゃくしゃにして叫び続ける鈴木みのる選手と、必死に身体を起こそうとする高山善廣選手。レフェリーの京平さん。リングサイドの選手たち、満場のお客さんが高山選手の名を叫ぶ。今の高山選手に「立ってこいよ!」と叫ぶことができるのはおそらく鈴木みのる選手だけだ。

歯を食いしばって頑張っている人に「頑張ってください」とは言えない。ならば今の高山選手には何と声をかけたらいいのか、ずっとわからなかった。でも鈴木みのるは「立てよ!」と声の限りに叫んだ。私たちも本当に心の底から立って欲しいと思った。何か、医学や常識を超越した奇跡が起こるんじゃないかと祈るような気持ちで涙をぬぐいながらリングを見ていた。

高山選手が試合中のケガでリングを降りてから7年。私たちは帝王のいないリングを見つめ続けている。新しいスターもたくさん生まれた。コロナ禍を乗り越えてプロレスは今でも、いつ何時でも面白い。

5年ぶりに開催されたTAKAYAMANIAの第2試合に登場したシン・広田さくら改めシン・高山善廣には場内がどよめいた。神は細部に宿るというけれど、あの手作り感満載の出で立ちにも関わらず現れた瞬間の空気感はさすがで、口角で不敵に笑う表情、雲を突くような高身長、あの豪快なテーマ曲で大股にのしのしと歩く姿はまさに帝王だった。そしてトップロープをまたぐリングイン! ああ、私たちはこれを7年間見ていなかったんだなあと帝王の不在を逆に実感した。そんなシン・帝王と笑いもせずに真摯に向かい合ってやっつけた里村明衣子選手の素晴らしさは言うまでもない。

立って俺の顔を蹴っ飛ばしてみろ、と鈴木みのる選手は言ったけれど、奇跡は起こらなかった。リングを降りた高山選手は「立てないのが悔しかった」と繰り返していた。本当に、高山選手は立ちたかったんだと思う。物語のようには現実はなかなか進まない。

でも奇跡を待つより、ひとつの約束を信じたい。鈴木選手は「この勝負お預けな」と言った。ゴングは鳴らされた。きっと長い時間無制限一本勝負になる。私たちはこれからずっと、「鈴木みのるvs高山善廣」の試合が続く世界を生きる。

 

里村明衣子選手と向かい合う、シン・高山善廣のサイズ感。